米国におけるロタウイルスサーベイランスの紹介とわが国の入院サーベイランス
(Vol. 32 p. 68-69: 2011年3月号)

ロタウイルスは世界中の乳幼児や小児の重症感染性胃腸炎の最大の原因病原体である。ロタウイルスは非常に感染力の強いウイルスで、体内にウイルスが10個侵入するだけで感染が成立するといわれている。従って、たとえ衛生状態が良好な国であってもロタウイルス感染症は途上国と同様に発生し、これは米国でも例外ではない。米国では年間55,000〜70,000件の入院症例と約20万〜27万人の救急外来受診者、41万人の外来受診者が存在し、これらにかかる医療費は約10億ドルに上ると算出されている1) 。

この非常に大きいインパクトを持つロタウイルス感染症に対し、米国ではワクチンを用いて予防するという戦略をとっており、現在2つのロタウイルスワクチン(Rotarix® とRotaTeq® )が承認され、小児の予防接種プログラムに組み込まれている。RotaTeq® は2006年に認可されたワクチンで、ウシロタウイルスWC-3とG1-G4ヒトロタウイルスのVP7遺伝子のみをそれぞれ組み込んだリアソータント遺伝子とウシロタウイルスWC-3とP[8]ヒトロタウイルスのVP4 遺伝子のみを組み込んだリアソータント遺伝子の合計5種が含まれている。一方Rotarix® は2008年に認可されたヒトロタウイルスG1P[8]の弱毒株1種を含むワクチンである。いずれのワクチンも治験のデータでは非常に高い有効性と安全性を認めた1) 。

このように、効果が高く、安全性も保障されたワクチンが認可されたことは好ましいことであったが、性格の異なる2つのワクチンが導入されたため、ワクチン導入後の血清型への影響などをモニタリングする必要性が生じた。さらに、ワクチン導入後のロタウイルス感染症患者の変化をモニタリングし、ワクチンの効果を評価するとともに、ワクチンを用いても疾患を防げていない集団の存在を早期に探知する(vaccine failure やワクチン接種率の低いグループの発見など)ことも重要点としてあげられた。この結果、ワクチン導入に際しサーベイランスの重要性が今まで以上に増すことになった。

そこで米国疾病対策センター(CDC)は、ロタウイルス感染症は5歳未満のほとんどの児で起こるため、全症例の検査室診断で確定することは現実的ではないとし、重症例のトレンド、特に入院例や救急外来受診例をモニタリングできるサーベイランスと、ワクチン導入により血清型の選択が起こり、これまで稀であった血清型や新たな血清型が出現する可能性が否定できないため、ウイルスの血清型のモニタリング目的のサーベイランスを立ち上げた。前者は1999年に設立されたNew Vaccine Surveillance Network(NVSN)と呼ばれる新しく導入されたワクチンの効果判定を行うために設立されたネットワークから3つの定点病院を選び、その退院台帳からロタウイルス、あるいはロタウイルスに関連性のある病名の患者をレビューし、入院患者数の変化や救急外来受診者数の変化をモニタリングするものであり、後者はNational Respiratory and Enteric Virus Surveillance System(NREVSS)と呼ばれ、全米の約90カ所の定点検査室をネットワークで結び、ロタウイルスを対象として検査された検体数、そのうちロタウイルス陽性例のサンプル数を報告するサーベイランスである。また、一部の検査室はさらにNational Rotavirus Strain Surveillance System (NRSSS)と呼ばれるネットワークを形成し、ロタウイルスの血清型の検出状況を時期や地理的要素を加味して解析している2) 。具体例は本号10ページ図2を参照。これは全米に点在するNREVSSに参加する67の検査室にロタウイルスを検査するために提出された検体数のうち、実際に陽性であった割合の推移を示している。グレーの部分はワクチン導入前の6年間の最大値と最小値の幅で表しており、中央の点線が平均値である。これと比較し、ワクチン導入後の2007/08シーズン、2008/09シーズンは検体陽性率が低く、シーズンのピークも遅れており、ワクチン導入による罹患者の減少がうかがえる(ワクチンの効果がある)3) 。

このように、全国サーベイランスによりワクチン導入前の段階での疾病負荷、さらにはワクチン導入後の変化が評価できるわけであるが、わが国でもロタウイルスワクチンが申請されており、早期の認可が期待されている。残念ながら米国のような国レベルでのサーベイランスシステムは存在しない。しかし、少数ながらも研究レベルでロタウイルスの入院事例に関するサーベイランス調査は行われている。その中でも特筆すべきは中込らによって行われた秋田県でのpopulation based研究である4) 。秋田県の3つの定点病院で行われたこの調査の結果によると、5歳までに最大15人に1人が入院するとされ、これに基づく日本全体の5歳未満時のロタウイルス下痢症での推計入院患者は年間78,000人、直接医療費は約100億円と推定、という結果であった。筆者らは三重県下2地域(津市、伊勢市)の総合病院で5年間(2003〜2007年)のロタウイルス感染性胃腸炎患者の後方視的調査を行い、この期間に入院した5歳未満の急性胃腸炎患者の39〜44%はロタウイルスによるものであり、入院時の年齢や時期を調節し推定されたロタウイルス感染による急性胃腸炎入院患者数をもとに、5歳までの累積罹患率は1,000人年当たり3.8〜4.9人と推定した。これは、5歳までに36〜50人に1人がロタウイルス感染による急性胃腸炎で入院することを意味する5) 。また、同地区に松阪市を加えた3地区でactive population based surveillanceを2007年より行っている。データはまだ予備的な段階であるが、同地区で行った後方視的調査とほぼ変わらない結果を得ている。これらの数字は米国やほかの先進国から報告されている入院症例のデータと大差はなく、わが国におけるロタウイルスの疾病負荷の大きさを示唆するだけでなく、ロタウイルスワクチン導入の必要性、さらには導入前後の評価に不可欠なサーベイランスの重要性を示している。ワクチンを正しく、かつ有効に使用するためにも、ワクチン導入前に国レベルでのロタウイルスサーベイランスの構築が強く期待される。

 参考文献
1) Cortese MM, Parashar UD, MMWR Recomm Rep 58: 1-25, 2009
2) CDC, MMWR 59: 521-524, 2010
3) CDC, MMWR 58: 1146-1149, 2009
4) Nakagomi T, et al ., J Infect Dis 192 Suppl 1: S106-S110, 2005
5) Kamiya H, et al ., J Infect Dis 200 Suppl 1: S140-S146, 2009

国立感染症研究所感染症情報センター 神谷 元

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