わが国へのロタウイルスワクチン導入に際しての課題
(Vol. 32 p. 69-71: 2011年3月号)

2つの弱毒生ロタウイルスワクチン、Rotarix® (グラクソスミスクライン社)とRotaTeq® (メルク社)が2006年以来世界的に使われている。わが国でも臨床試験が終了し、これらのワクチンが承認申請中であることを踏まえ、ロタウイルスワクチンを導入することにより生じるコストとベネフィットという観点から、何が課題であり、何を解決すべきかその結論を要約する。

1.ワクチンにより重症下痢症がどれだけ減少するのか
ロタウイルスワクチンを定期接種に導入する目的は、重症下痢症患者数(入院患者数)や重症下痢症患者に占めるロタウイルス陽性者の割合を減少させることである。このエンドポイントからみて、2006年に定期接種ワクチンとして導入した米国で起こった変化を紹介する。

図1は米国の小児人口の半分が存在する18州における急性胃腸炎(ロタウイルス胃腸炎以外のものも含む)の入院患者数がワクチン導入前後でどう変ったかを示したものである1) 。ここでは1〜6月までをロタウイルスの流行期とし、7〜12月までを非流行期としている。ワクチン導入前(2000〜2006年)をみると、流行期の胃腸炎入院患者数は1万人(5歳未満)当たり101人であり、非流行期では47人であった。これが導入2年目にあたる2008年には流行期でも56人に減少し、ほぼ非流行期なみの患者数になった。減少率は46%であり、米国における急性胃腸炎入院患者におけるロタウイルスの割合(44〜48%)に一致している。これから全米では年間約5万5,000人のロタウイルス下痢症入院が予防されたことが推察される。

また、全米呼吸器消化器ウイルス発生動向調査による2000〜2009年までの各週のロタウイルス陽性割合の趨勢変動をみると、導入後1年目(2007〜2008年)および導入後2年目(2008〜2009年)のロタウイルス陽性割合が、明瞭に低くなり、かつ持続期間も短くなったことが示されている(図2)2) 。

このように、ロタウイルスワクチンが定期接種に導入され、ある程度の接種率(60〜70%)に達すれば、ごくわずかの期間で明確なインパクトが現れる。

2.ロタウイルスワクチンは医療経済学的にみて費用対効果に優れるのか
医療経済学で使う費用にはロタウイルス下痢症の治療に必要な医療費などの直接費用と親が仕事を休むことによって発生する遺失賃金などの間接費用の2つがある。また、予防接種を行うこと自体にもワクチンの価格も含め直接費用と間接費用が発生する。欧米での研究によるとロタウイルスワクチン接種を実施した場合の方がしない場合より費用が大きい。つまり、予防接種によってお金を節約することにはならない。しかし、欧米での研究では費用対効果に優れると結論されている。

では何を基準に費用対効果を判定しているのだろうか。実は、生活の質で調整された生存年数(quality-adjusted life year, QALY)、1年あたりの増分費用効果比(incremental cost effectiveness ratio, ICER)がいくらになるかということが基準になっている。この金額は国(の豊かさ)によって違うが、わが国ではICERが600万円未満であれば、費用対効果に優れると判断される。QALYは健康状態1.00と死0.00との間にその生活の質に応じて効用値を割り振り(たとえば、歩行不能であれば0.31など)、これに生存年数をかけて計算する。ワクチンを使用することによって1年長生きする(厳密にはQALY1年分を獲得する)のにどれだけ余分な支出(増分費用)が必要になるかというのがICERである。わが国でも導入を前にロタウイルスワクチンについてICERを計算する必要がある。

3.わが国への導入にあたって何を解決すべきか
第一は、ロタウイルスワクチンの標的となる生後6カ月〜2歳(あるいは3歳)までの患者数が全体の何%になり,全国では何人になるのか推計することである。現在利用可能な疫学研究によれば、年間26,000〜78,000人の5歳未満の小児がロタウイルス胃腸炎で入院し、その88%が生後3カ月〜3歳未満の2年9カ月の期間に発生し、ロタウイルスが全胃腸炎入院の40〜50%を占めている。これが全国レベルでどれだけ正確なものか確認する必要がある。

第二に、ロタウイルスワクチンの有効性と副反応をモニターすることである。既存の感染性胃腸炎サーベイランスは外来患者中心であるので、これでワクチンのインパクトを見るのに適切かどうか。どのようにすれば重症下痢症数の変動を全国レベルで推定できるようになるのか。一方、副反応の観点からは、接種後に腸重積症が発生することを想定して、自然発生率に基づいたリスク評価ができるのか。

第三に、ロタウイルスワクチンをいつ接種すべきかの標準的な接種スケジュールを示すことである。初回接種期間は生後6〜12週に限られ、インフルエンザ菌b型ワクチンとの同時接種は可能にしても、生後3カ月をめどに接種される重要な生ワクチンであるBCG接種との調整をどうするか。具体的接種スケジュールを勧奨しなければ、現実的には使えなくなるからである。

ロタウイルスワクチンは高い接種率を達成すれば、大きなインパクトのあるワクチンであることが先行導入した国々での研究から明らかになってきている。わが国へ導入するにあたっても、疫学のエビデンスに基づいた戦略的アプローチによる政策決定が必要であろう。

 参考文献
1) Paulke-Korinek M, et al ., Pediatr Infect Dis J 29: 319-323, 2010
2) CDC, MMWR 58: 1146-1149, 2009

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科感染免疫学講座 中込とよ子

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