はじめに
破傷風は、Clostridium tetani が産生する毒素の一つである神経毒素(破傷風毒素)により強直性痙攣を引き起こす感染症である。破傷風は、その特徴的な臨床症状(開口障害や嚥下困難など)により診断される例が多く、臨床材料から菌が検出される例は稀である。今回我々は、感染創からC. tetani を検出できた症例を経験したのでその概要を報告する。
症 例
44歳の男性。既往歴は無し。2010年4月初旬に木材を用いた作業中に左環指を受傷したが、病院を受診せずに放置していた。4月18日夕方より開口障害が出現したため、19日に近くの総合病院を受診した。開口障害により摂食困難となったため、点滴で様子を見ていたが、症状改善なく、21日より嚥下困難感が増強し、22日より頸背部痛が出現した。23日朝より背部痛が著明となり、歩行障害が出現したため、当院救急センターへ搬送された。搬送時は、左環指に創感染を認めた。破傷風を疑い、創傷部位をデブリードメント施行後、気管切開による気道確保を行いICUへ入室し暗室管理とした。WBCは8,650/μl 、CRPは0.5 mg/dl、プロカルシトニンは測定感度以下であった。治療は抗破傷風人免疫グロブリン12,000単位/日(11日間)、ペニシリンG 2,000万単位/日(9日間)、破傷風トキソイド、硫酸マグネシウムを投与し、経静脈栄養法を実施しながら、鎮痛・鎮静に努めた。第4病日目には、全身性筋硬直を認め、さらに横隔膜過緊張によるSpO2の低下も認められたため、人工呼吸管理とした。鎮静中もしばしば痙攣発作がみられたが、次第に症状が軽快し、6月2日、人工呼吸器から離脱することができた。6月30日、経過観察とリハビリテーション目的で転院となった。
微生物学的検査
嫌気性菌用保存容器に採取した左指組織片、好気条件下の左指組織片および創部ぬぐい検体が提出された。検査目的が破傷風菌であることを伝えられた。
それぞれヒツジ血液寒天培地(栄研化学)、ブルセラHK寒天培地、PEAブルセラ寒天培地(極東製薬)、GAM半流動寒天培地(日水製薬)に培養した。ブルセラHK寒天培地とPEAブルセラ寒天培地は嫌気培養を行った。
左指組織片のグラム染色による塗抹検査では、グラム陽性桿菌(3+)、グラム陽性球菌(2+)で、芽胞形成菌は認められなかった。
72時間の嫌気培養により、好気および嫌気条件下の左指組織片からC. tetani を疑う遊走したコロニーがシャーレ一面に観察された。そのコロニーのグラム染色において、一部、端在性で球形の芽胞を有するグラム陽性桿菌(太鼓のばち状)を認めたため、新たに固形培地に一晩遊走させて、その先端部分を再分離した。創部ぬぐい検体からの培養では遊走するコロニーは認められなかった。
再分離培養で遊走するR型で縮毛状のコロニーを認めた。嫌気的条件下でのみ発育したことから偏性嫌気性菌であることも確認した。RapID ANAII(アムコ)での同定は、バイオコードNo.000000と低い同定率のため同定不可となったが、この時点で、主治医にC. tetani が疑われる菌が検出されたことを報告した。
さらにC. tetani を選択分離培養するために、GAM半流動寒天培地から一部を採取し、80℃ 20分間加熱処理したものを培養したが、C. tetani は検出されず、その他のClostridium spp.が分離された。最終的な分離培養結果は、C. tetani (1+)、Escherichia coli (1+)、Serratia sp.(1+)、Corynebacterium sp.(1+)、Finegoldia magna (1+)、Clostridium subterminale (増菌培養のみ検出)、Clostridium sporogenes (増菌培養のみ検出)であった。
破傷風毒素の検出
マウスを用いた毒素原性試験では、分離菌のクックドミート培地培養上清を投与したマウスは破傷風毒素特異的な麻痺症状を示したのに対して、抗破傷風毒素馬血清を添加した培養上清を投与したマウスは無症状であった。さらにPCR法により破傷風毒素遺伝子が検出された。入院時に採取された抗破傷風人免疫グロブリン投与前の患者血清からの毒素原性試験は陰性であった。
考 察
本邦における破傷風の年間報告患者数は100人前後で増加傾向は認められていない1) 。2004〜2008年に報告された患者は、ジフテリア百日咳破傷風混合ワクチン定期予防接種が開始される以前の40歳以上が90%以上を占め、特に高齢者が多い1) 。40歳以上や妊婦のワクチン接種の重要性が報告されている2, 3) 。
本症例におけるC. tetani は、好気条件下の創部ぬぐい検体からは検出されなかったが、好気・嫌気の条件によらず左指組織片より検出された。C. tetani は高い嫌気度を要求し、空気に曝されることで死滅する可能性がある。今回、好気条件下の左指組織片からも本菌を分離しえたのは、採取から培養までの時間が短かったこと、複数菌による混合感染のために酸素の消費が促され嫌気状態が保たれたことなどが考えられた。従って、本菌による感染を疑う場合は、嫌気性菌用保存容器を用いた迅速な検体提出と培養が重要と考えられた。
今回、同定キットでは本菌と同定することができなかった。そのため遊走コロニーとR型の縮毛状発育、太鼓のばち状芽胞という特徴的所見からC. tetani を推測することが重要である。
破傷風は、適切な治療が行われないと致死率が高い予後不良の感染症である。その特徴的な開口障害や硬直性痙攣などの症状が認められた場合、早期に治療を開始することが良好な予後につながる。こうした臨床的判断に加えて、患部からのC. tetani の分離やその菌株からの毒素検出による病原体診断は確定診断となるため重要である。その意味で、臨床側と細菌検査室側の両者で、患者背景と本菌の細菌学的特徴という情報を共有することが重要であると考えられた。
参考文献
1) IASR 30: 65-66, 2009
2) IASR 30: 71-72, 2009
3)杉本 央, 臨床と微生物 35: 347-351,2008
岩手医科大学附属病院中央臨床検査部
成田和也 山田友紀 工藤希代子 畠山裕司 石藤克典 黒田牧子 伊東みち子 昆 浩
岩手医科大学医学部救急医学講座 高橋 学 遠藤重厚
岩手医科大学医学部臨床検査医学講座 諏訪部章
国立感染症研究所細菌第二部 山本明彦 高橋元秀