アフリカからの報告は217,333例で、前年の179,323例と比して20%増加した。これは2009年の世界全体報告の98%(2008年は94%)を占める。アジアからは1,902例(前年比82%減)、北米は17例(輸入例と地域例)、ラテンアメリカはアウトブレイク1事例、オセアニアは大規模アウトブレイク1事例、欧州は17例(輸入例のみ)の報告であった。
2008年にジンバブエで始まったコレラの大規模なアウトブレイクは、2009年の6月まで続き、アフリカ南部周辺地域へも拡大した。このアウトブレイクによる症例がアフリカ症例全体の31%に上り、世界全体の30%を占めた。
WHOは2009年に世界で55件の下痢症アウトブレイクを確認し、うち29カ国での47件(85%)がコレラと確認された。また、そのうちの38件はアフリカ、9件はアジアであった。
世界的に、実際のコレラ症例数はもっと多いとされている。WHOの症例定義を満たす症例はもっと多くいるはずだが、検査確定された症例しか報告していない国もある。また、アフリカや中央アジア、東南アジアに多くみられる急性水様性下痢症例は含まれていない。渡航や貿易への影響を懸念してコレラの報告が行われていないのかもしれないが、それらの制限は有効なコレラ対策とはならない。適切な患者管理、経口ワクチンの使用、透明性のある情報共有などの多方面からの学際的なアプローチのみが、コレラの予防およびアウトブレイク対策に効果的な方法である。
2005年以降にみられるコレラ症例の増加傾向は、重症度の高い新しい菌株の出現、薬剤耐性度の増加、気候変動とあわせて、コレラが世界における公衆衛生問題の第一線へと再び戻りつつある可能性を示している。
感染パターンとアウトブレイク
アフリカ:30カ国から計217,333例(含死亡4,883例、CFR2.25%)が報告され、8カ国は0例の報告であった。大規模なアウトブレイクは、2008年8月中旬に始まり、98,591例(含死亡4,288例、CFR4.3%)の症例が報告され、このうちの68%(66,935例)は2009年1〜7月に発生した。
アメリカ:南米では、パラグアイで土着感染によるコレラが5例(死亡なし)報告された。北米では、米国が10例(含国内感染2例)、カナダが2例(いずれも輸入例)の報告であった。カリブ海と中米からの報告はなかった。
アジア:9カ国から1,902例(含死亡18例)の報告で、前年から劇的に減少した。アフガニスタン662例、カンボジア39例、中国85例、イラク6例、マレーシア187例、イエメン55例、タイ315例、ベトナム471例、ネパール82例であった。しかしアジアでは、実際の症例報告数よりも、コレラ菌によると思われる急性水様性下痢症例数が際立っており、サーベイランスシステムの重大な欠点により、数十万人のコレラ症例が含まれていない。
欧州:英国16例、フランス1例、いずれもすべて輸入例であり、他の国からの報告はなかった。
オセアニア:パプアニューギニアから1,957例(含死亡45例、CFR2.3%)が報告された。2009年7月にアウトブレイクが発生し、11〜12月にかけてピークを迎え、以降徐々に減少した。
サーベイランス:改訂国際保健規則(IHR2005)の履行後、正式なコレラの全数報告義務はなくなったが、コレラに関連する公衆衛生事例は、常に規則の基準に照らし、正式な報告が必要かどうか評価されなくてはならない。
国際的な渡航と貿易:コレラ拡大のコントロールをする上で、これまでの経験から、人や物の移動について、検疫や輸入禁止を行うことは効果がなく不要であることがわかっている。コレラの発生した地域にある周辺諸国は、サーベイランスを強化し、アウトブレイクに迅速に対応する準備を整え、予防法を含めたコレラに関するあらゆる情報を、渡航者および地域住民へ提供しなくてはならない。現在では、入国に際し、国際的なコレラワクチン接種証明書の提出を必要とする国はない。
菌株の変異:中国では2009年に検査室診断された76例中37例が、米国では10例中1例が、血清群O139コレラ菌の報告であった。アフリカからはこれまでO139症例の報告はない。近年バングラデシュで見つかった新しい菌株は、生物型はエルトールだが従来の古典型コレラ毒素を産生し、病原性がより高いとされる。この変異型エルトール株は東アフリカとアジアの一部でも既に検出されており、重症化し致死率が高いようである。また、バングラデシュでは近年多剤耐性菌株も検出されているため、コレラの制圧には菌株の追跡と同様に国や世界レベルでの薬剤感受性のモニタリングも重要である。
経口コレラワクチン(最新情報)
WHOは、防御効果が低く(3カ月間の持続、45%程度の効果)、公衆衛生対策として用いるには適さないという理由から、旧来の非経口コレラワクチンは推奨してこなかった。かつて承認された経口弱毒生ワクチン(CVD103-HgR)は既に製造されていない。
全菌体死菌リコンビナントBサブユニットワクチン(WC/rBS; Dukoral):WC/rBSワクチンは、不活化O1コレラ菌と精製したコレラ毒素のリコンビナントBサブユニットを組み合わせたものであり、成人と6歳以上の小児を対象に、2回接種(7〜42日の間隔)が行われる。2歳未満に対する使用は承認されておらず、世界60カ国以上で利用可能となっている。バングラデシュとペルーの治験では、ワクチンは全年齢層に対し安全で、4〜6ヵ月間の予防効果は85〜90%と示されている。
改変型WCワクチン(mOrvacとShanchol):スウェーデンから開発途上国へWC/rBSワクチンの技術移転がされたことにより、インドでShancholが、ベトナムでmOrvacがそれぞれ製造された。この2つのワクチンは、いずれもO1とO139の両血清群を基として、オリジナルのWC/rBSワクチンを再配合させたものであり、リコンビナントBサブユニットを含まず、緩衝液を必要としない。
経口ワクチン使用の可能性:WHOはコレラアウトブレイクのリスクが高い地域とコレラ流行地域において、適切なコレラ対策とともにコレラワクチン接種を推奨している。また、非常時の経口コレラワクチンの使用については、学際的なアプローチとしての使用が推奨され、公衆衛生上優先される事項の範囲内で、コレラの予防と対策を考慮することとされている。さらにWHOは、各国の政府や機関が経口コレラワクチン使用の意思決定を行う際に役立つリスクアセスメントツールをまとめた。その評価には、(1)アウトブレイクのリスク、(2)起こりうるアウトブレイクの抑止力、(3)経口コレラワクチンを用いた集団ワクチン接種キャンペーンの実行可能性、の3段階のアプローチが用いられる。
(WHO, WER, 85, No. 31, 293-306, 2010)
抄訳担当
国立感染症研究所感染症情報センター 齊藤剛仁 多田有希