2010年6月以降に続けて関東地方で発生が確認された新興寄生虫感染症としてのアジア条虫症
(Vol. 32 p. 106-107: 2011年4月号)

2010(平成22)年6月以降、関東地方の1都5県(群馬、栃木、埼玉、東京、神奈川、千葉)において、これまでわが国には分布しないと考えられていたサナダムシの一種、アジア条虫(Taenia asiatica )による感染事例が相次いで確認された[2011(平成23)年2月17日までに15例]。アジア条虫と呼ばれる寄生虫は一般にはまだ馴染みが薄いと思われるので、最初にアジア条虫について概説し、それに続いて今回、アジア条虫症の患者を経験された先生方に症例を紹介していただく。

ヒトに寄生するテニア属条虫としては、豚を中間宿主とする有鉤条虫(Taenia solium )と牛を中間宿主とする無鉤条虫(Taenia saginata )がよく知られている。この2種に加え、アジア地域(韓国、中国・四川省/雲南省、フィリピン、台湾、インドネシア・スマトラ島北部、タイ、ベトナム)には、無鉤条虫に形態は酷似するが、豚を中間宿主とする点では有鉤条虫に似るアジア条虫が分布している1) 。アジア条虫の種の取り扱いについては、無鉤条虫と別種2,3) 、無鉤条虫の亜種4) 、あるいは無鉤条虫とアジア条虫の自然交雑個体の存在から無鉤条虫と同種5) とする説があるが、形態や中間宿主体内での発育など生態的にも無鉤条虫と異なる点もあるので、ここでは別種として扱う。

図1はヒトに寄生する3種のテニア属条虫の生活環を比較したものである6) 。アジア条虫の幼虫(=嚢虫)は豚の筋肉ではなく、主として肝臓に寄生しており(図2)、ヒトはこれを加熱不十分な調理物として摂食することによって感染する。虫体は2〜3カ月の潜伏期を経て、小腸内で成虫となり、成虫の一部である受胎片節が排便時に排出されたり、あるいは自力で肛門より這い出す。排出された受胎片節から遊離した虫卵が豚に経口摂取されると、豚の肝臓内で嚢虫に発育し、これが次のヒトへの感染源となり、生活環が維持される。アジア条虫は仔牛の肝臓でも嚢虫に発育するが、豚に比べ、発育は不良で、感染後1〜 1.5カ月後には嚢虫はすでに死滅し石灰化することが報告されており7) 、牛はアジア条虫の好適な中間宿主とはいえない。また、有鉤条虫はヒトがその虫卵を経口摂取すると、脳など中枢神経系に嚢虫が寄生して重篤な嚢虫症を引き起こす。しかしながら、無鉤条虫とアジア条虫はヒトが虫卵を経口摂取しても嚢虫症を引き起こすことはない。この感染動態の違いは、アジア条虫と無鉤条虫が有鉤条虫とは系統発生学的に起源を異にすることが起因と考えられている3) 。

アジア条虫症による健康被害は、成虫が小腸に寄生することから、持続的に片節が排出されることに伴う精神的な不快感や軽微な下痢である。排出された成虫片節や虫卵の形態に基づいて無鉤条虫や有鉤条虫と鑑別することは困難であり、また中間宿主に寄生する嚢虫も形態による種鑑別が困難であることから、診断には遺伝子同定が不可欠である8,9) 。今回の一連の発生事例は、すべて国立感染症研究所寄生動物部において成虫の遺伝子検査によって確定診断された。しかし、現在までの知見では、アジア条虫は遺伝子の地理的変異に乏しく、国内で発生したアジア条虫の由来の特定など分子疫学的検討は困難である。

治療はプラジカンテル(商品名ビルトリシド)、あるいはガストログラフィンによる駆虫が効果的である。

今般、関東地方で連続的に発生した邦人のアジア条虫症患者は、最近の数年間に海外渡航歴が無い、あるいは渡航歴があってもアジア条虫症流行地への渡航歴が無いことから、関東地方のと畜場で食肉処理された豚を感染源とする原発症例であることが強く疑われた。さらに、今回紹介する症例の数例は食品衛生法に準じて、寄生虫による食中毒事例として保健所に届出することが検討されたにもかかわらず、摂取から発病までの期間が長く原因食材の特定が困難であること、また国産豚におけるアジア条虫感染の実態が不明であるなどの理由によって、届出には至っていない。今後、地方自治体関係機関との連携によって上述の問題点を解明しつつ、本症の発生予防に関する早急な対策の立案が強く求められる。

 参考文献
1) Eom KS, et al ., Korean J Parasitol 47(Suppl): S115-S124, 2009
2) Eom KS and Rim HJ, Korean J Parasitol 31: 1-6, 1993
3) Hoberg EP, J Parasitol 86: 89-98, 2000
4) Bowles J and McManus DP, Am J Trop Med Hyg 50: 33-44, 1994
5) Okamoto M, et al ., Parasitol Int 59: 70-74, 2010
6) Eom KS, Parasitol Int 55(Suppl): S137-S141, 2006
7) Eom KS and Rim HJ, Korean J Parasitol 39: 267-283, 2001
8) Yamasaki H, et al . J Clin Microbiol 42: 548-553, 2004
9) Yamasaki H, et al . Parasitol Int 55(Suppl): S81-S85, 2006

国立感染症研究所寄生動物部第二室
山崎 浩 森嶋康之 杉山 広 武藤麻紀

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