豚あるいは牛レバー刺し摂食によるアジア条虫症の4例
(Vol. 32 p. 107-108: 2011年4月号)

アジア条虫(Taenia asiatica )はヒトに寄生する寄生虫で、形態学的には無鉤条虫(Taenia saginata )に酷似し、韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、フィリピンなど、豚の内臓を生食、あるいは加熱不十分な状態で食べる習慣を持つ地域に分布している1) 。アジア条虫の生活環は豚(中間宿主)とヒト(終宿主)の間で維持されている。虫卵が含まれる感染者の糞便を豚が経口摂取すると、豚の肝臓で幼虫(=嚢虫)に発育し、その嚢虫が寄生した豚肝臓をヒトが生食すると2〜3カ月後に小腸内で成虫となり、片節が持続的に排出される。日本ではアジア条虫の分布は知られていなかったが、1968年と1996年に出雲市と米子市に住む日本人患者から得られ、無鉤条虫と処理された虫体をretrospectiveに遺伝子解析したところ、アジア条虫であったことが最近判明した2) 。しかし、それらの症例の詳細は不明であり、その後、アジア条虫症の報告は無かった。ところが、2010年6〜9月の間に当院で4例のアジア条虫症患者を相次いで経験したので報告する。

症例:患者の臨床的特徴は表1にまとめた。いずれも虫体(片節)排出を主訴に当院を紹介受診している。4例のうち3例に牛または豚レバー刺しの食歴があり、アジア条虫が分布している地域への渡航歴は無かった。検便を行った3例のうち2例で虫卵が検出された。全例ともプラジカンテル+下剤の投与で治療に成功した。駆虫によって得られた虫体はcytochrome c oxidase subunit 1、elongation factor 1-α、ezrin/radixin/moesin-like protein遺伝子の塩基配列解析3,4) からアジア条虫と同定された。

考察:今回、当院で経験した4症例の患者はすべて関東在住者であり、アジア条虫症流行地への渡航歴が無いことから日本国内で感染した事例と考えられ、関東地方を中心にアジア条虫の幼虫(=アジア嚢虫)が感染した食材が流通していることは明らかである。アジア条虫のヒトへの感染経路は豚の肝臓に寄生する嚢虫の経口摂取によることが感染実験や疫学調査から証明されており5) 、当院で経験した症例では、豚レバー刺しの食歴があったのは症例3の1例だけで、症例1と2は牛レバー刺しの食歴があった。感染実験では、アジア条虫は仔牛の肝臓に寄生するが、嚢虫の発育は悪く、感染後1〜 1.5カ月後にはすでに石灰化しているという報告があることから5) 、牛の肝臓が果たしてアジア条虫の感染源となり得るのか否かについては今後の研究が必要である。

アジア条虫感染によるヒトの健康被害は持続的な虫体排出による不快感であり、腹痛や下痢など消化器症状は特に見られない。治療にはプラジカンテルを用いた駆虫が効果的である。

レバー刺しを好む日本人の嗜好性を考慮すると、今後もアジア条虫症患者の発生が懸念され、豚レバー刺しの摂食を避けるなど、感染予防対策の周知徹底が求められる。

 参考文献
1) Eom KS, et al ., Korean J Parasitol 47(Suppl): S115-S124, 2009
2) Jeon HK et al ., Parasitol Int 60: 2011 (in press)
3) Yamasaki H, et al ., J Clin Microbiol 42: 548-553, 2004
4) Okamoto M, et al ., Parasitol Int 59: 70-74, 2010
5) Eom KS and Rim HJ, Korean J Parasitol 39: 267-283, 2001

都立墨東病院感染症科
中村(内山)ふくみ 小林謙一郎 岩渕千太郎 大西健児
国立感染症研究所寄生動物部第二室 山崎 浩

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る