群馬県・栃木県の両毛地域とその近郊で短期間に頻発したアジア条虫(Taenia asiatica )感染症例
(Vol. 32 p. 109-111: 2011年4月号)

2010年6月〜2011年2月までの期間に、群馬県と栃木県の県境地域、いわゆる両毛地域と、その近郊の市中医療機関で6例のテニア属条虫による感染事例が検出され、原因種はいずれも国立感染症研究所寄生動物部第二室(以下、感染研)においてアジア条虫(Taenia asiatica )と分子同定された。ここに、発症の状況から種の同定、治療に至るまでの経過概要を報告する。

症例1
患者概要:41歳、男性(国籍:日本)、会社員、群馬県桐生市在住。最近1年以内の海外渡航歴は無い。自宅でのペット飼育歴も無い。

食歴:2009年の年末から2010年6〜7月頃にかけて、近在の食肉加工業者より豚の肝臓と胃(いわゆるガツ)を数回購入し、非加熱のまま食した。同食品は同居する妻と子供(6歳)も食したが、発症は本人のみであった。

主訴および経過:2010年9月頃から糞便中に、数cmのきしめん様の白い虫が混入し、その後、虫体の片節が肛門より排出するようになったため、近医を受診。同年10月、近医からの紹介で群馬県太田市内の総合病院に来院した。診察時に種不明の条虫片節1個を採取するとともに、糞便検査により条虫卵を確認し、同年12月、片節の遺伝子検査でアジア条虫と同定された。10月の診察時に、患者本人が自宅での駆虫を希望したため、条虫に対する駆虫薬を処方したが、2011年1月に連絡をとったところ駆虫薬は服用しておらず、片節の排出が続いているとのことであった。同年1月、患者本人の同意のもとで再度来院してもらい、駆虫薬(プラジカンテル)と塩類下剤による治療を行った。駆虫薬の投与1時間半後に塩類下剤を投与し、投与1〜2時間以内に数回の排便があり、糞便内に複数の片節が見られたが(図1)、頭節は確認できなかった。

症例2
患者概要:28歳、男性(国籍:日本)、介護士、群馬県邑楽郡在住、1年以内の海外渡航歴は無い。十数年にわたり自宅でイヌを飼育。

食歴:2010年5〜6月頃、同僚と群馬県太田市内の居酒屋で豚レバー刺しを2回食した。発症は本人のみ。

主訴および経過:2010年9月中旬頃から糞便中に白色のきしめん様虫体が混入したため、近医を受診。同年11月、近医からの紹介で群馬県太田市内の総合病院(症例1と同院)を受診し、糞便検査により条虫卵を確認。後日、患者本人から片節数個が提供され、アジア条虫であることが判明した。同年12月、患者に再度来院してもらい駆虫薬(プラジカンテル)と塩類下剤による治療を行った。駆虫薬の投与1時間半後に塩類下剤を投与し、下剤投与1〜2時間以内に数回の排便があり、糞便内に多数の虫体片節が見られた。3回目の排便時には頭節の排出も確認された。

症例3
患者概要:30代、男性(国籍:日本)、群馬県伊勢崎市在住、1年以内の海外渡航歴は無く、ペットの飼育歴は不明。

食歴:2010年5〜6月頃に、アユの塩焼きやバーべキューを食べた記憶はあるが、それ以前の食歴は不明。

主訴および経過:2010年6月下旬、糞便中に白色の虫体片節が混入したため、近医を受診。近医からの紹介で群馬県伊勢崎市内の総合病院に来院し、条虫に対する駆虫治療を行った。同年7月、虫体片節の一部は獨協医科大学熱帯病寄生虫病室を経由して感染研にてアジア条虫であることが判明した。

症例4
患者概要:60歳、男性(国籍:日本)、群馬県伊勢崎市在住、1年以内の海外渡航歴は無く、ペットの飼育歴は不明。

食歴:2010年6〜7月頃に、近所の精肉店で肝臓(動物種不明)を購入し、刺身で食した。

主訴および経過:2010年7月頃から、白色の片節が糞便中に混入し、さらに肛門からの排出が続いたため、近医を受診、近医からの紹介で群馬県伊勢崎市内の総合病院(症例3と同院)に来院した。担当医は片節の形状から無鉤条虫症を疑い、駆虫治療を実施したところ、頭節のついた状態で長さ約50cm、体幅約5mmの扁平紐状虫体が排出された(図2)。同年12月、虫体の一部は獨協医科大学熱帯病寄生虫病室を経由し、感染研にてアジア条虫であることが判明した。

症例5
患者概要:39歳、女性(国籍:日本)、栃木県栃木市藤岡町在住、1年以内の海外渡航歴は無い。自宅で室内犬を飼育。

食歴:家族(夫と子供ふたり)で頻繁に外食をする。レバー刺しは家族全員の好物のため、近在のラーメン屋でよく注文する一品である。2010年6月、近在のレストランで中央付近まで火が通っていない不完全調理のハンバーグを食べたこともある。

主訴および経過:2010年7月下旬、大便の表面に白色で扁平の虫体が複数認められ、以降起立していても肛門から虫が這い出してくることがあった。同年8月初旬の排便時に、5個の片節が排出されたので近医を受診し、自治医科大学消化器内科を紹介された。虫体は無鉤条虫に酷似した形態であったが、感染研で遺伝子検査を実施したところ、アジア条虫であることが判明した。同年8月中旬にプラジカンテルを用いて駆虫し、全長約3mの虫体が得られた。その際の排泄物を詳細に観察したが、頭節は確認できなかった。しかし頭節にかなり近い部分まで排出されており、完全駆虫に成功したものと判定した。その後、6カ月経過を追ったが、虫体の排泄はみられなかった。家族の中で虫体の排出があったのは、本人だけであった。

症例6
患者概要:24歳、女性(国籍:日本)、会社員、群馬県館林市在住、1年以内の海外渡航歴は無い。自宅でのペット飼育歴も無い。

食歴:2009年12月〜2010年7月頃にかけて、群馬県館林市内の焼肉店へ月に1〜2回の頻度で友人と食事に出かけていた。店では焼肉やホルモン焼きを食した他、特に好物のレバー刺しとユッケを頻繁に食べていた。

主訴および経過:2010年7月頃から糞便中に1〜2cmの白色うどん様虫体が混入し、激しい胃痛および下痢が続いたため近医を受診。胃内視鏡による検査を受けたが、胃痛の原因解明には至らず、処方された痢止剤の服用により改善した。それ以降も、たびたび糞便内に動く白色虫体が認められ、時折肛門から虫体が這い出してくることもあった。同年12月前回とは違う近医で診察を受けたところ、条虫症と診断されたが、種がわからないため、2011年1月下旬に群馬県館林市内の総合病院を受診。同年2月、総合病院からの紹介で自治医科大学医動物学教室、および獨協医科大学熱帯病寄生虫病室で駆虫治療に関するコンサルテーションを受けた。後日、患者本人から提供された片節の遺伝子検査によってアジア条虫と同定された。同年2月、前出の近医で駆虫薬が処方され、自宅で治療を行った。

考 察:アジア条虫は中間宿主である豚の肝臓実質内に嚢虫を形成し、終宿主であるヒトへは、嚢虫が寄生した豚肝臓の生食、または加熱不完全な調理物の経口摂取よって感染する1) 。アジア条虫症は、台湾、韓国、中国、インドネシア、ベトナムといったアジアの広い範囲で感染事例が報告されているが1,2) 、日本国内では、ヒトおよび豚ともに現在までのところ確定的な発生報告がなく、本邦におけるアジア条虫症の実態は全く不明である。今回、我々が経験した6症例は、いずれも最近1年以内の渡航歴は無く、また6症例中5例が近在の飲食店または食肉加工業者から購入した豚の生レバーを食していたことから、国内で生産された豚の肝臓内にアジア条虫の嚢虫が寄生していた可能性が極めて高い。今回の症例が比較的狭い地域に頻発したことから、生レバーの仕入れ先の調査を試みたが、関東近郊にある複数の食肉処理場を経由して末端業者に流通したことまでしか明らかにできなかった。感染源の特定に関する追跡調査を進めるためには、さまざまな行政機関の緊密な連携が不可欠であると思われた。

アジア条虫の健康被害としては、片節の排出による不快感程度であるが、複数の患者の話では、片節の排出は排便時だけにとどまらず、就業中、家庭生活中、就寝中、昼夜問わず、肛門から這い出してくるようになり、その際の不快感は尋常でなかったことを訴えていた。また、ときには這い出した片節が下着内で乾燥し、それがちくちくと尻に刺さって痛むため、仕事を中座したこともあり、患者本人としては、精神的にも堪えがたい不快感であった。

アジア条虫と牛肉を感染源とする無鉤条虫(T. saginata )は、片節や虫卵の形態的特徴だけでは鑑別が困難であり、またアジア条虫の分布がわが国で知られていなかったことから、これまで多くの症例が無鉤条虫症として取り扱われてきたと思われる。しかし、このたびの6症例のように、国内で生産された豚がアジア条虫の感染源として強く疑われる現状では、各医療機関への情報提供をはじめ、的確かつ迅速な行政対応によって状況を把握し、感染拡大の防止処置を策定すべきである。また、一般消費者や食肉販売業者に対して、豚の肝臓を非加熱で食べることへの危険性を地方の食品衛生行政レベルで啓発することも強く望まれる。

 参考文献
1)伊藤 亮、医学のあゆみ、別冊現代寄生虫病事情, 54-57, 2006
2) Ito A, et al ., Lancet 362: 1918-1920, 2003

獨協医科大学熱帯病寄生虫病室 川合 覚 桐木雅史 千種雄一
自治医科大学医動物学部門 松岡裕之
自治医科大学消化器内科 鈴木孝雄
自治医科大学藤岡診療所 天野一夫
医療法人島門会本島総合病院内科 松村美穂子 本島悌司
伊勢崎佐波医師会病院消化器外科 奥山 隆 斎藤一幸
さくま内科胃腸科クリニック 佐久間 敦
海宝病院 海宝雄人

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