岡山県で確認された乳児ボツリヌス症の1事例について
(Vol. 32 p. 111-112: 2011年4月号)

2011年1月11日に倉敷市保健所から、川崎医科大学附属病院小児科に乳児ボツリヌス症を疑う患者が入院しており、保存している患者便の検査を依頼したい旨、連絡があった。岡山県環境保健センターの検査の結果、ボツリヌスB型毒素およびボツリヌスB型菌を検出した。しかし、二種病原体所持の許可を受けていない施設であり、ボツリヌス菌および毒素の二種病原体指定以後初めて検査を実施した事例であったため、検査中のボツリヌス毒素およびボツリヌス菌の管理や厚生労働省への経過報告、検査終了時における滅菌処理や滅菌譲渡届出等について、国立感染症研究所および厚生労働省と相談しながら実施し、今後の二種病原体等の検査に貴重な経験となった。

症例:10カ月、女児
主訴:活気低下
現病歴:2010年12月18日感冒と診断され近医で抗菌薬を処方された。12月22日(第1病日)夕方首を傾けハイハイをしていたことに両親が気付き、第2病日頸部症状改善認めず、哺乳量減少、咳嗽、排痰困難、呼吸困難感を認め、寝返り不能となった。第3病日症状改善せず、経口摂取ができず尿量低下を認めたため当院に入院した。
既往歴:特記事項なし
入院後経過:発症前の感冒罹患、意識障害、脳幹部病変、麻痺よりBickerstaff型脳幹脳炎を疑い、免疫グロブリン療法を施行したが症状改善を認めなかった。発症前からの便秘、頸部から下行する弛緩性麻痺、嚥下障害、啼泣減弱、腱反射消失、散瞳、眼瞼下垂を認めたことよりボツリヌス症を疑った。マウスを用いた試験で毒素を検出、便からB型ボツリヌス菌が検出され、乳児ボツリヌス症と診断した。

治療は保存的に呼吸障害に対しモニタリング下で、誤嚥性肺炎を予防するために逆トレンデレンブルグで体位に挙上し、経鼻胃管で母乳を投与した。入院中認めた無気肺に対し吸入、吸引と呼吸リハビリを施行した。一時換気障害(CO2上昇)を認めたが気管内挿管施行せずに経過観察できた。頑固な便秘は、軟下剤(Mg剤は神経電動障害を認めるため使用せずラクツロースを使用)と浣腸で管理した。また、膀胱平滑筋麻痺による尿量低下は膀胱圧迫で排尿を促した。便秘の改善とともに全身弛緩性麻痺、嚥下障害・無表情顔貌・眼球運動障害等の脳神経症状、流涙・発汗低下・散瞳等の副交感神経症状は徐々に改善した。

発達に関しては、第34病日には笑顔が見られ、第43病日座位可能となり、第44病日バイバイができるようになった。第53病日に定頸、第56病日に寝返り可能となった。食事に関しては第45病日にVFで嚥下機能改善を確認し経口摂取を開始し、離乳後期までステップアップ。第48病日哺乳可能となった。第53病日哺乳量・食事量確立し経管栄養中止。呼吸障害認めず経口摂取可能となったため、第60病日に退院した。

今後外来で弛緩性麻痺とその後の発達遅滞に対するリハビリ、嚥下障害に対する嚥下指導を継続する予定である。また岡山大学においては感染源の調査目的で患児が摂取した食品(離乳食の野菜)と、患者が舐めた可能性のある蜂蜜を検査したが、いずれからもボツリヌス菌・毒素は検出されず感染源を特定できなかった。また同大学の検査では第40病日の便検体で便中菌陰性化を認めた。

ボツリヌス毒素および菌の検査:2011(平成23)年1月11日に倉敷市保健所から岡山県環境保健センターへ連絡があり、2010(平成22)年12月28日に採取し冷凍保存している便についてボツリヌス毒素およびボツリヌス菌の検査を依頼され、1月12日より検査を開始した。当センターでの検査は、便3.0gをゼラチン希釈液5mlに混和・懸濁し、3,000rpm、5℃、20分間遠心して上清を分取して、便懸濁液の原液とした。これをゼラチン希釈液で5倍および50倍希釈液を調製後−80℃で保存し、マウス毒性試験を実施した。また、便の1白金耳量をクックドミート培地(以下ccm培地)3本にそれぞれ接種し、(1)無処理と(2)60℃、15分加熱および(3)80℃、30分加熱処理したのち、30℃で培養した。培養4日目に各ccm培地2mlを分取し、等量のトリプシン溶液を加えて37℃、30分間反応後、3,000rpm、5℃、20分間遠心した。各上清を0.45μmのフィルターで濾過して瀘液を各々5本ずつに分注し、1群:等量のゼラチン希釈液添加37℃、30分間反応、2群:等量のゼラチン希釈液添加100℃、10分間加熱、3群:等量の抗A型血清添加37℃、30分間反応、4群:抗B型血清添加37℃、30分間反応、5群:抗E型血清添加37℃、30分間反応の5群を作製した。各群についてマウス2匹を使用して毒性試験を実施し、腹腔内注射後4日以内の生死により判定した。その結果、(1)(2)(3)すべてのccm培地において、2群(100℃、10分間加熱)と4群(抗B型血清添加37℃、30分間反応)のマウスのみ生存し、他の群のマウスはすべて1日以内に死亡したことから、B型毒素の存在が確認された。同時に(1)(2)(3)のccm培地1mlを分取し、5,000rpm、5℃、5分間遠心して上清を除去した沈渣に滅菌水100μlを添加して100℃、5分間煮沸した後、再度5,000rpm、5℃、5分間遠心した上清をPCRのテンプレートとし、A〜G型のプライマーを用いてボツリヌス毒素遺伝子の検査を行った。(1)(2)(3)すべてのccm培地からB型毒素遺伝子が検出された。菌の分離は(1)(2)(3)のccm培地から卵黄加GAM寒天培地および卵黄加CW寒天培地に塗抹し、30℃、2日間嫌気培養した後、分離培地上のリパーゼ反応陽性のコロニーについて、グラム染色、迅速同定キットによる菌の同定、さらにccm培地に接種して純培養後に再度マウスの毒性試験とPCRによる毒素遺伝子の確認を実施した。これらの結果から、分離菌はグラム陽性桿菌でClostridium botulinum と同定され、ボツリヌスB型毒素の産生とボツリヌスB型毒素遺伝子の保有が確認された。以上の結果から、患者便はボツリヌスB型毒素およびボツリヌスB型菌が陽性であった。保存していた便懸濁液中の毒素量は、マウス毒性試験により571.43LD50/ml(Kaerber Method)であった。菌の純培養ccm培地中の毒素量は、マウス毒性試験の中和反応に使用した抗B型血清の力価から約220,000LD50/mlと思われた。また、便懸濁液と抗A型、抗B型、抗E型毒素に対するラテックス試薬を用いた凝集試験は、便懸濁液の2〜5倍希釈液は抗B型毒素のラテックス試薬とのみ凝集が見られ、他の毒素については陰性であった。しかし、便懸濁液原液と8〜80倍希釈液では、対照ラテックスを含めすべてのラテックス試薬と非特異的な凝集が見られたため、今後さらに改良が必要と思われた。

ボツリヌス毒素およびボツリヌス菌は2007(平成19)年に改正された感染症法により二種病原体に指定されており、所持の許可を受けていない施設においては検査終了後1日以内に滅菌譲渡の手続きを、3日以内に滅菌処理を行う必要がある。今回の事例は二種病原体指定後はじめてのボツリヌス症例の検査であったため、検査中の毒素および分離菌の管理や記録、滅菌処理や滅菌譲渡届けの時期や方法など検査以外に配慮すべきことが多々あったが、そのつど国立感染症研究所および厚生労働省と頻繁に連絡を取りながら検査を実施したことが、今後の検査においての貴重な経験となった。なお、菌株の保存と詳細な疫学解析のために、検査中の便懸濁液の遠心沈渣およびボツリヌス菌未同定のccm培地の遠心沈渣を、国立感染症研究所細菌第二部第三室あて病原体輸送容器で送付した。また、検査が最終的に終了した日に、厚生労働省健康局結核感染症課病原体等管理対策係あて滅菌譲渡届出書を発送した。翌日に検査経過の報告を同係あてメールで送付するとともに、検査関連の分離株、毒素、培地、器具等を滅菌処理して、すべての検査を終了した。

岡山県環境保健センター
中嶋 洋 大畠律子 石井 学 岸本壽男
川崎医科大学附属病院
井上美佳 西澤陽子 赤池洋人 中野貴司 寺田喜平 尾内一信
倉敷市保健所
潮 裕喜 末竹須美子 鈴木千佳子 横田道弘
国立感染症研究所細菌第二部
見理 剛 高橋元秀
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科病原細菌学
鈴木智典 小熊惠二

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