太陽熱温水器で加温された給湯水によるレジオネラ感染事例―横浜市
(Vol. 32 p. 113-115: 2011年4月号)

1.はじめに
2010(平成22)年10月に、医療機関から横浜市保健所にレジオネラ症患者発生が届出され、その患者の喀痰から分離された菌株と患者の自宅に設置されていた太陽熱温水器で加温された給湯水から分離された菌株がパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)の分子疫学的な解析の結果、両株の泳動パターンが一致した。これによって、太陽熱温水器で加温された給湯水がレジオネラ症の感染源と推定された。

2.症例
患者は70代の女性で、家族構成は夫婦2人(夫も70代)、基礎疾患として糖尿病および血小板減少性紫斑病を有している。入院1週間前から発熱(37℃、3日後から39℃)し、訪問看護師により肺雑音が聴取されたため、病院外来を受診した。発熱(入院時は36.3℃)と肺炎を呈し、尿中レジオネラ抗原の検出(イムノクロマト法)でレジオネラ症と診断された。入院後にシプロフロキサシン300mgが投与されたが、入院当日の喀痰を確保して培養を行ったところ、Legionella pneumophila 1群を分離した。患者は発症前の2週間を自宅で過ごしており、外出はせず、夫にはレジオネラ症の症状は認められなかった。

3.環境調査
患者自宅の環境調査を実施したところ、加湿器やネブライザーは使用せず、屋根上に設置された太陽熱温水器で水道水を加温した後、灯油ボイラーで再加熱できるシステムで供給される湯を、浴室(浴槽)、洗面および台所で使用していた。風呂は入替式(追い焚き機能なし)でジェットバス機能が付属しているが、この機能は過去1年間ほど使用していなかった。患者は、10日に1回程度、介助なしで入浴していた。

4.感染源の可能性のある設備
(1)太陽熱温水器:平板型集熱器と貯水タンクの一体型で屋根上に設置されており、供給する水そのものを集熱器で対流させるタイプであった。1980(昭和55)年頃の設置以後、貯水タンク内およびその配管は清掃されていない。貯水タンクの貯湯容量は約200lで、経年変化により密閉性は低い状態であった。集熱の最適条件下で太陽熱温水器の水温は50〜60℃に達するが、利用者が水温を低いと感じた場合は灯油ボイラー(出口設定67.0℃、貯湯容量約40〜50l)によって加熱して屋内給湯栓へ供給されていた。夏期についてはボイラーを運転しなくても必要な給湯温度が得られるので、太陽熱温水器で得られた湯を加熱せずに給湯することを習慣としていた。9月末〜10月初めの潜伏期間中は、ボイラーを使用していなかった日があったかは記録がなく、不明であった。

(2)浴槽:ジェットバスは浴槽内の湯をポンプで吸入口から吸い込み、噴出口から排出する仕組みで、浴槽の排水時でも、 180ml程度がポンプユニット内に完全に排出されずに残ってしまう。ジェットバス機能を使用しない場合でも、入浴中に浴槽水とポンプユニット内の水は多少出入りする。

5.環境分離株
患者の自宅から試料を採取し()、培養を行ったところ、灯油ボイラーで加温される前の太陽熱温水器で加温された給湯水から350cfu/100ml検出され、L. pneumophila 1群と同定された。LAMP法(栄研化学、Loopampレジオネラ検出試薬キットE)およびリアルタイムPCR法(タカラバイオ、CycleavePCR Legionella Detection Kit CY209)では給湯水の他に、灯油ボイラーで加温された後の洗面所給湯水、浴槽水および浴槽喫水面ふきとりからL. pneumophila mip 遺伝子が検出された。その後、患者宅から取り外した太陽熱温水器内部等のふきとりを行ったところ、貯水タンク内壁からL. pneumophila 1群が分離された。

6.分子疫学的解析
患者喀痰由来の3株(No.1〜3)と太陽熱温水器で加温された給湯水由来の7株(No.4〜10)について、制限酵素Sfi Iを用いてPFGEを行った。No.2〜10は同一の泳動パターンであったが、No.1の患者喀痰由来株は分子量104.5kb附近に1バンド多く、同一ではないが非常に似ていた()。その後採取した、貯水タンク内壁由来の2株(No.11、12)について、同様にPFGEを行ったところ、この2株は患者喀痰由来株と類似しているが異なる泳動パターンを示した。

7.保健所の対応
分子疫学的な解析の結果、患者喀痰由来株と太陽熱温水器で加温された給湯水由来の株が同一と認められることから、本事例は太陽熱温水器で加温された給湯水が感染源であると推定し、患者の家族にその結果を伝え注意を喚起したところ、太陽熱温水器を撤去し、水道水を直接ボイラーで給湯するシステムに組み替えた。その後、給湯配管は高温消毒、浴槽およびジェットバス内配管は高濃度塩素消毒を実施しており、検査を実施したところ、レジオネラ属菌の不検出を確認した。

なお、この事例については、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)に、消費生活用製品安全法に規定する製品事故として情報を提供した。現在、NITEが製品事故の調査を実施している。

8.考 察
太陽熱温水器で加温された給湯水と貯水タンク内壁からレジオネラ属菌が分離されたこと、洗面所給湯水、浴槽水、浴槽喫水面ふきとりから菌の遺伝子が検出されたことから、太陽熱温水器およびその配管内で、レジオネラ属菌が増殖していたといえる。その原因として、当該太陽熱温水器は約30年前に設置した後、一度も内部が清掃されておらず、蓄積した汚れやバイオフィルムが菌の増殖要因となったと考えられる。分子疫学的な解析の結果、患者喀痰由来株と太陽熱温水器で加温された給湯水由来の株が同一と認められることから、太陽熱温水器で加温された給湯水を感染源と推定するが、具体的な感染経路が、入浴、洗面、台所のいずれかは不明である。

太陽熱温水器で加温された給湯水と貯水タンク内壁から分離された菌が、分子疫学的解析で泳動パターンが一致しなかった理由として、太陽熱温水器およびその配管内で増殖していた菌が複数存在していたことなどが考えられる。

9.最後に
本事例は、横浜市内で分子疫学的な解析によってレジオネラ症の感染源を推定することができた初めての事例であり、設置年数も30年以上の太陽熱温水器で加温された給湯水により、レジオネラ症の発症に至った知見を得ることができ、レジオネラ症の防止対策や調査に大いに参考になった。

また、最近の地球温暖化対策や省エネルギー対策として、自然エネルギーを活用する太陽熱温水器等が注目されているが、その使用状況によってはレジオネラ症患者発生の可能性があるため、使用者に対して適切な維持管理が必要であることを啓発していく必要がある。

特にメーカー(販売者を含む)にあっては、その製造責任(販売責任)から、使用者に対して継続的に、温度管理や清掃方法等適切な維持管理方法の注意や説明を行っていくことを望むものである。

横浜市保健所
吉田匡史 牛頭文雄 三橋 徹 五十嵐 悠 平林 桂 亀井昭夫 修理 淳
横浜市衛生研究所
荒井桂子 松本裕子

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