腸管出血性大腸菌O157による保育施設での集団感染事例について−松山市
(Vol. 32 p. 138-140: 2011年5月号)

2010(平成22)年9月、松山市保健所管内の保育施設において腸管出血性大腸菌(以下EHEC)による集団感染事例が発生したので、その概要を報告する。

発生状況
9月3日、医療機関より管内保育施設に通う2歳女児のEHEC O157VT1(+)VT2(-)(以下O157 VT1)の発生届があり、直ちに疫学調査を行った。

当該保育施設は、0〜5歳児までの12組(一時保育含む)があり、園児数は259名、その他に一時保育利用者23名、休日保育利用者が7名で、職員は、保育士・調理員で計52名である。

初発患者以外の園児・職員に有症者はおらず、単発例と考え、施設に対し感染拡大防止策の徹底の指導と、園児・職員の健康観察を依頼した。

その後、9月8日には同保育施設に通う4歳男児のEHEC O157 VT1の発生届があった。O157 VT1は比較的稀な型であり、市内での発生もその年初であったことから、保育施設内で感染した可能性も考慮して再度施設を調査し、給食施設等のふきとり検査や調理員の検便検査を実施した。

一斉検便の実施
届出のあった2児は組が異なり、共通した感染源や感染経路は推定できるものはなく、2児の同一曝露は考えにくい状況であった。また、2児の症状出現はほぼ同時期で、潜伏期等から考えてもこの園児間で感染があった可能性も低いと考えられた。

一方で、EHECの重篤な合併症である溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こすのは、VT2単独産生株またはVT1・VT2両産生株に多いことが知られている。このように、VT1の毒性はVT2よりも弱いため、VT1単独産生株は、感染しても顕著な症状が現れない場合も多く、Vero毒素の型別は感染対策を講じる上でも重要な意味を持つ。今回の原因菌はVT1単独産生株であり、施設内に有症者がいないとはいえ、水面下で感染が広がっている可能性も懸念し、感染者の早期発見・早期治療を目的に9月8〜15日にかけて全園児(一時保育・休日保育利用者を含む)と全職員を対象に一斉検便を実施した。

一斉検便結果
一斉検便の結果、新たに園児9名、さらにその接触者検査で家族1名からO157 VT1が検出された。すべての感染者に医療機関受診を勧奨し、治療が順調に行われた。健康観察は、保護者や施設職員の協力も得て、以後さらに慎重に行った。その後は新たな感染者の発生もなく、感染者の菌陰性確認が終了して終息を迎えた。

本事例で分離された12株については、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)解析を行った結果、5つの遺伝子パターンを示したが、すべての株が2バンド以内の違いであり、同一由来株による集団感染事例であることが示唆された(表1)。

分離株の解析結果
12株の血清型はすべてO157:H7で、エンテロヘモリシン遺伝子hlyA およびインチミン遺伝子eaeA を保有していた。RPLA法によるVero毒素産生試験ではVT1陽性(256倍)、VT2陰性であったが、PCR法による遺伝子検査ではstx1 stx2 陽性であったため、stx2 variant型別を実施した1) 。その結果、1株は型別不能、残りの11株はstx2c に明瞭なバンドが確認されたものの、通常よりも1,000bp程度長い位置に確認された。そこで、stx2 遺伝子全領域の塩基配列を決定したところ、stx2 遺伝子のAサブユニット末端付近にIS629 が挿入された変異株であることが判明した。以上のことから、今回の分離株はPCR法によりstx2c 遺伝子が検出されるものの、VT2毒素は産生されていない特殊な変異株であると考えられた。

患者症状
初発・2例目の患者は腹痛・下痢等の明らかな症状が出現しており、自発的な受診から診断につながった。一方で、一斉検便にて発見された感染者は、全員発見時の症状はなく、過去に症状があった者も極めて軽症であった。症状出現時期を特定することは困難ではあるが、9月8〜10日頃に軟便、下痢や発熱の症状が出現していた園児が4名いた(図1)。

考 察
調理室のふきとり検査からはO157は検出されず、また調理員からの菌検出も無く、全園児・職員に占める感染者の割合等から判断して、保育施設の給食による食中毒は否定的であり、人−人感染と推定された。

今回感染した園児の大半は、A・Bの2組に集中している(図1)。感染したC組の園児は、A組の感染者の兄弟であり、感染した園児から家庭内で感染した可能性も考えられる。

一斉検便で新たに確認された感染者の症状は極めて軽症で、施設内での拡大の状況を解明するのは困難であったが、その中でも9月8〜10日頃に軟便や発熱の症状が出現していた園児の割合が多かった(図1)。これらがO157 VT1による症状だとすると、潜伏期から考えて、初発・2例目とこれらの感染時期には開きがあり、このことから施設内で何らかの二次感染があったことが推測される。

今回感染者が確認されたA・B組は全く異なる場所のトイレを使用しており、普段の保育で、保育室の共有や、一緒に遊ぶこともなかった。そのため、この2組で感染が確認された原因は特定できなかった。A・Bそれぞれの組が使用しているトイレは、他の組とも共有しており、他の組からは感染者が出ていないことから、トイレを介した感染の可能性は低いと考えられた。また、感染した園児のほとんどが、保育施設の塩素濃度の管理されていない簡易プールの利用をしており、感染経路の一つとして疑われたが、感染経路を特定するには至らなかった。

本事例は、VT1単独産生株で、毒性の弱いO157 VT1が原因菌であり、顕在化している症状のみではO157の蔓延状況が推測できず、慎重な対応が求められた。Vero毒素の型別は、臨床的に重要な意味を持つが、感染対策を講じる上においても重要な指標となる。

また、保育施設で感染症が発生した場合、園児からの聞き取り等が十分に行えないため、感染経路の特定が難しいといわれている。今回においても、初発・2例目の患者の共通性が見出せず、感染経路も推定できなかった。そのため、2例目発生以後の対応として、あえて検便対象を絞らず、一斉検便を行ったことから、健康観察では把握できなかった感染者の早期発見につながった。そして、医療機関への受診勧奨や、保育施設を管轄する課との連携の下、感染した園児の登園自粛の協力を依頼する等の対応で、その後の園内での感染拡大の防止ができたと考える。

 参考文献
1) Nakao H, et al ., FEMS Immunol Med Microbiol 34: 289-297, 2002

松山市保健所
篠藤るみ 大野陽子 河合ゆみ 岡田正子 高岡勇二郎 中村清司 近藤弘一
愛媛県立衛生環境研究所
浅野由紀子 烏谷竜哉 田中 博 岡 裕三 土井光徳
(平成22年度所属による)

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