集団胃腸炎事例より分離されたEscherichia coli について―新潟市
(Vol. 32 p. 143-144: 2011年5月号)

多種類のEnteropathogenic Escherichia coli (EPEC)が検出された集団胃腸炎事例の概要と試験結果を報告する。

2007年6月16日、新潟市内のA小学校で6年生の欠席者が多く集団胃腸炎が発生しているとの通報があり、保健所が調査を開始した。さらにB・C小学校からも同様の通報があって、いずれも6年生が1泊2日の修学旅行後の発症であった。これら3つの小学校は宿泊施設として同じホテルを利用していた。A校は6月13・14日、B校とC校は6月14・15日に利用していた。各校の修学旅行に行った生徒に対する患者発生率は、71.4%、77.8%、57.1%と高率であったが、同行引率の職員の発症はなかった。症状は下痢と腹痛が主で、頭痛や発熱もあったが、吐き気・嘔吐はわずかであった。A校の糞便提出者59名では、下痢が51名(86%)と腹痛は38名(64%)であった。

16〜22日に当所に搬入された、細菌検査用糞便85件とウイルス検査用糞便69件、吐物1件について検査を実施した。細菌検査はSS・DHL・マッコンキー・CT-SMC・TCBS・CCDA・NGKG・卵黄加マンニット食塩・卵黄加CW寒天培地を用い常法に従い実施し、ウイルス検査はノロウイルス・サポウイルス・アストロウイルス・アデノウイルス・ロタウイルスを検索したが、既知の食中毒菌やウイルスは検出されなかった。大腸菌についてもO血清型別試験で特定の型には集積しなかった。しかし、数名分のDHL培地からsweep PCR法により下痢原性大腸菌病原因子の関連遺伝子検出(elt estA1/2 invE stx1/2 eae aggR astA )を試みたところ、10件(名)中4件がeae 陽性であったため、大腸菌と同定された菌株についてeae astA aggR bfpA のPCRを実施した結果、糞便検体の半数程度からeae が検出され、bfpA と2つの遺伝子が陽性のものもあった。分離培地からの釣菌は、概ね3集落としたが、3集落すべてが同じ血清型と遺伝子保有状況であることは少なかった。eae の検出された43検体(名)のうち1株のみeae 陽性であったものが19名と多く、2・3株ともeae 陽性ではあるが血清型の異なるものや、保有遺伝子が異なるものなどがあった。eae 陽性であった菌株数は69株で9の血清型に分かれ、OUT:H21が最も多く分離され(表1)、O115:HUT株はすべてeae bfpA 両遺伝子を保有していた。制限酵素Xba Iによるパルスフィールド・ゲル電気泳動で得られたDNA切断パターンは、学校にかかわらず血清型別ごとに一致し、同一の起源に由来するものであることが示唆された。

分離した菌株のうち代表的なものについて、EPECの生物活性を測定する標準的な方法のHEp-2 細胞を用いた細胞付着性試験の他に自己凝集能・コンタクトヘモリシス・F-アクチン蛍光染色(FAS)を測定し、またPCR産物を用いた部分塩基配列解析を実施した(表2)。eae 遺伝子型は3株とも異なっていた。eae bfpA を保有しているいわゆるtypical EPECとされるO115:HUTではコンタクトヘモリシスは陽性であったが、typical EPECの生物活性である凝集能は陰性で細胞付着もまったく見られず、perA は陰性であった。同じくコンタクトヘモリシス陽性となった古典的血清型atypical EPECのO128:H2はHEp-2細胞に6時間の接着で細菌塊の付着像が見られLALと判定し、FASも陽性であった。OUT:H21は今回測定の生物活性はすべて陰性であった。

当該事例は多くのeae 陽性の大腸菌が分離された珍しいケースであった。本事例で分離されたtypical EPECはbfpA を保有しているが、perA が欠損しているかPCRで検出できないほど変異しているため生物活性を持たない株であり、日本でよく分離される「typical EPECと誤同定される株」であった。また、疫学的証拠から起因菌と強く示唆されたOUT:H21において、生物活性は認められず病原性の裏付けは得られなかった。

付着性大腸菌の検査方法として、病原因子関連遺伝子の検出は迅速であることから有用であった。しかし、遺伝子保有分離株の病原性判定は、特にeae のみ陽性の非古典的血清型atypical EPECにおいては、今回測定した表現形では十分でなく、さらに検討が必要であった。Nataro1) が提唱しているように、atypical EPECの病原性はいまだ明らかではなく、同定方法構築のためには、集団胃腸炎事例由来株の詳細な解析を集積していくことが重要であると考えられた。

 参考文献
1) Nataro JP, Emerg Infect Dis 12: 696, 2006

新潟市保健福祉部衛生環境研究所衛生科学室
宮嶋洋子 松井洋子 足立玲子 山本一成 齊藤哲也 小林 元 斎藤真理 田邊純一

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