幼児期のムンプス罹患が増えていることへの警鐘
−聴性脳幹反応から診断されたムンプス難聴2歳男児例を経験して−
(Vol. 32 p. 148-150: 2011年5月号)

2009年秋〜2010年春にかけて、奈良県御所市においてムンプス(流行性耳下腺炎、おたふくかぜ)の比較的大きな流行があり、ムンプス難聴の2歳男児例1) を経験した。ムンプスに罹患する幼児が増えており、今後も、深刻な合併症(ムンプス難聴や脳炎)の低年齢層での発生が危惧される。

かつて、ムンプスの好発年齢は麻疹や水痘のそれに比べて高く、小学校低学年であった2) 。

現在、任意接種で行われているムンプスワクチンの接種率は30%程度と低く、幼児期にムンプスに罹患する児が多い。乳児期の罹患は少なく、好発年齢は4〜5歳であるが、MMRワクチン(定期接種)が中止された1993年から2〜4歳の罹患が増え、1996年以降、4歳以下が全体の半分近く(45〜47%)を占めるようになった3) 。

この年齢層のムンプス難聴の診断は容易ではない1,4) 。多くが一側性であり(93%)、幼児では特に気づかれにくい(学童では電話の声が聞き取れないなどが診断契機になり得る)。また、成人が一側性に後天性難聴を発症すると、めまい(前庭症状)や耳鳴り(蝸牛症状)を高頻度に伴うが4) 、幼児では随伴症状が少ないか4) 、気づかれにくい1) 。そして、通常、難聴の診断には純音聴力検査が用いられるが、幼児対象では評価が難しい。

ムンプス難聴はムンプスウイルスの内耳感染によって生じる高度感音難聴で、聴力予後は極めて不良で多くが一側聾となる4) 。

当科では幼児期のムンプス難聴を見逃さないために、聴性脳幹反応(Auditory Brain-stem Response, ABR)による他覚的聴力評価を積極的に行ってきた1) 。ABRは、外耳から音刺激を与えることによって得られる聴性誘発反応の早期成分で、健常では刺激から10msec以内に6〜7個の波形が出現する(図1)5) 。ABR記録条件を記録フィルタ帯域100〜3,000Hz、加算回数1,000回、潜時10msec、刺激音圧70〜105dBHLとし、対照患児では70dBでV波まで正常波形が得られる(図2)。

図3がムンプス難聴の2歳男児のABR波形である。ムンプス第5病日のもので、前日に母親が患児のふらつきに気づき、難聴を疑われた。左側は正常波形であるが、右側は105dBHLで無反応(平坦)であった。これは4日後にも再現されムンプス難聴と診断された1) 。

ABRは聴力のみを反映するものではなく、脳幹障害があれば難聴の診断に用いることができないが、ムンプスにおける脳炎の頻度は0.02%以下と非常に稀である。

一方、ムンプス難聴の頻度は、従来言われてきた15,000〜20,000人に1人より高率で、厚生労働省急性高度難聴調査研究班によれば1/3,500以上と推計される6) 。そして、ムンプス難聴の発生は流行規模に比例するとされており6) 、幼児中心の流行や集団保育の低年齢化などを考えると現状は深刻である。

本稿は、幼児ムンプス難聴の早期診断の重要性を唱えることが主旨ではない。ABRによる他覚的聴力評価は幼児ムンプス難聴の診断に有用と考えられるが、早期診断のメリットが治療効果に反映される訳ではなく、診断時高度難聴例の聴力予後は悲観的である。したがって、重要なことは多くの幼児をムンプス難聴から守るために、ワクチンでムンプスの罹患を予防することであり、定期接種の早期再開が望まれる。

 参考文献
1)松永健司,他,小児科臨床 64: 931-936, 2011
2)国富泰二,小児内科25(増刊号): 415-417, 1993
3)IASR 24: 103-104, 2003
4)田村 学, IASR 24: 107, 2003
5)Stockard JJ, et al ., Mayo Clin Proc 52: 761-769, 1977
6)川島慶之,他, 小児内科 37: 63-66, 2005

済生会御所病院小児科 松永健司

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