日本で診断されるデング熱症例数の季節的変化とその感染国の流行季節の影響について
(Vol. 32 p. 162-163: 2011年6月号)

1.目 的
近年デング熱の流行は世界中の熱帯、亜熱帯の多くの地域で認められている。日本では国内感染例は認められておらず、渡航先で感染して国内で診断された症例が感染症発生動向調査に報告されている。海外への出張や旅行が日常化しつつある今日、日本人が海外で感染するリスクはますます高くなることが懸念される。そこで、日本人がどの季節にどこの地域で多く感染しているか、その傾向について検討した。

2.方 法
2006年4月〜2010年5月までに報告された症例について、それらの推定または確定として報告された感染地域と、診断月について分析した。また、報告の多かった感染国での流行の季節と日本人渡航者数を検討した。国別の流行状況はWHOのウェブサイト(http://www.searo.who.int/EN/Section10/Section332.htm)から、国別の日本人渡航者数は株式会社ツーリズム・マーケティング研究所のウェブサイト(http://www.tourism.jp/statistics/outbound.php)から入手した。

3.結 果
合計385例の報告症例のうち340例(88%)がアジアの国に渡航していた。多い渡航先はインドネシア96例(25%)、インド54例(14%)、フィリピン53例(14%)、タイ47例(12%)の順であった。これらの国々の流行シーズンはインドネシア1〜2月、インド8〜11月、フィリピン7〜10月、タイ6〜8月である。インドネシアから帰国した日本人が多く診断されていた時期は4月、インドは9〜10月、フィリピンは8〜10月、タイは7〜8月であり(図1)、現地での流行状況に影響されていると考えられた。さらに、2006年4月〜2010年5月までの月別渡航者数のデータが得られたフィリピンとタイについて、発症率を検討した。ここでは、分母をそれぞれの国への月別日本人渡航者数、分子を月別累積デング報告症例数とし、月別に日本人渡航者100万人当たりの発症率をみた。その結果、両国の流行シーズンに合わせて日本人渡航者のデング熱発症率が増加していることが認められた(図2)。

4.考 察
日本で認められるデング熱症例の発生は、渡航先のデング熱の流行状況を反映していると考えられた。今回の分析では明らかな感染日や発症日は不明なものが複数認められたため、感染時期の検討に診断日を用いた。実際の時期より数日から2週間ほど遅くなっていると考えられるが、月単位の傾向をみるには大きくは妨げとなっていないと考える。また渡航先別に感染シーズンをみるには症例数が少ないため累積数で検討したが、デング熱の流行が一般的に雨季などの媒介蚊が繁殖しやすい季節に影響されることを考えると、季節性の傾向をみるには問題ないと思われる。

問題となる制約としては次の3点が考えられる。まず、感染症発生動向調査には、国籍や居住地にかかわらず、日本国内で診断された症例すべてが報告されることになっているため、デング熱の流行地域から日本に旅行に来ているような外国籍または海外居住者の症例も含まれていた可能性があった。次に、デング熱の感染リスクは滞在国だけでなく、流行している地域への渡航、渡航者の滞在期間、滞在中の行動に大きく左右されるが、個々の症例についてそれらの詳細な情報は届出に求められておらず、得ることができなかった。最後に、デング熱は日本では一般的な疾患ではないため、帰国後に軽いインフルエンザ様症状を認めるのみのような場合などには医療機関を受診しない、あるいは受診してもデング熱の診断に至らずに見過ごされている可能性が考えられた。しかしながら、渡航先の国別でみると、その流行シーズンにデング熱症例の報告数が増える傾向と、特にフィリピンとタイにおいては渡航者数の変化を考慮しても流行シーズンに報告数が多かったことから、渡航者はデング熱が流行している地域だけでなく、その国や地域における流行シーズンも把握し、十分な感染防止対策をとることが望ましいと考えられた。

国立感染症研究所感染症情報センター(担当:中村奈緒美 島田智恵 多田有希)

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