観光地として有名なバリ島は、州の面積(三重県の面積にほぼ匹敵)の大部分を占める。州はデンパサール政庁都市(以下デンパサール市)と他8県からなり、赤道以南の熱帯性気候地域内に位置し、2009年の平均気温は約24〜31℃である。バリ島には国内外から多くの観光客が訪れる。2009年には、国内旅行者は約352万人(前年のバリ州総人口に匹敵)、外国人旅行者は223万人であった。外国人旅行者の1割以上が日本人旅行者である(2001〜2010年の平均値約29万5千人)1,2) 。2009年に比べ、2010年にはバリ島への日本人旅行者数は毎月下回り、年間23%減少したにもかかわらず、国立感染研究所の陽性診断数に関しては、バリ島からのデングウイルス感染症輸入症例数は0から33に転じた3) 。
保健省および州保健局によると、比較的軽度なデング熱を含めて報告する隣国シンガポールと異なり、インドネシアはデング出血熱の患者数のみを報告している。州でのデング出血熱報告数は2005〜2007年には毎年増加し、2008〜2009年にはいったん減少に転じたが、2010年には急増した(図1)。2010年の死亡者数は35名(前年9名)であった。死亡者にはショック状態で搬送されてきた子供が多い(現地の複数の医師の意見)。例年州での総報告数の大部分は多い順にサヌールがあるデンパサール市、クタやヌサドゥアなどで有名なバドゥン県およびブレレン県が占め、2010年も8割近くがこれら1市2県からの報告であった。
チクングニア熱は、2009年の193症例(保健省公表は103症例4) )から2010年には1,018症例(ブレレン県やカランガサム県を含む1市6県からの報告、確定診断は約4割)に急増した。デンパサール市では10月と12月の26症例のみであったが、州では2〜3、6〜7、10、12月に発生が確認されており、今後も感染地域と流行規模の拡大が懸念される。
バリにおける近年のデングウイルス感染症の流行に寄与する要因として筆者らが指摘した現地要因5) は、チクングニア熱の場合にも該当する。すなわち、不十分な予防対策や観光客および州内外からの著しい労働移入による人口の移動と過密による都市化である。バリ人の多くが儀礼などの義務履行のために家族を伴い居住地と出身地との間を頻繁に行き来する移動を繰り返すこと、国内では開発度が高いバリ州でさえも観光地域内に貧困エリアが点在していることなど5) の政治・社会・経済・文化背景を反映している要因が当局の対応を一層難しくしている。さらに2010年の症例数急増に寄与していると考えられる要因の一つに気象変化をあげたい。直近に収集した2010年の気象データからは、例年州では乾季であるはずの6〜8月に雨天日が7〜9日(前年は1〜4日)、降水量も4月以降毎月前年を上回っていた。しかし州内に分布する媒介蚊の数量データや特性情報は乏しい。また現地で確定診断が行われる場合でも抗体検査が主で、デングウイルス血清型、デングおよびチクングニアウイルスの遺伝子情報が不足しており、バリ州内外からの伝播経路の疫学解析を行うことは容易ではない。
参考文献
1) Wiranatha AS and Pujaastawa IBG, Analisa Pasar Wisatawan Mancanegara 2009, Dinas Pariwisata Provinsi Bali, 2009 (インドネシア語)
2) Pemerintah Kota Denpasar (デンパサール市政府)
http://denpasarkota.go.id/bankdata2010/data2010/Direct-Tourist-Arrival.pdf (2011年5月5日アクセス)
3)国立感染症研究所ウイルス第一部, http://www0.nih.go.jp/vir1/NVL/dengue.htm (2011年4月15日アクセス)
4) Kementerian Kesehatan Republik Indonesia (インドネシア保健省), Profile Kesehatan Indonesia 2009, Departemen Kesehatan R.I. Jakarta, 2010 (インドネシア語)
5)吉川みな子, 西渕光昭, 日本渡航医学会誌 4(1): 19-23, 2010
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 吉川みな子