ヒトスジシマカの生態と東北地方における分布域の拡大
(Vol. 32 p. 167-168: 2011年6月号)

デング熱の主要な媒介蚊はネッタイシマカであるが、現在わが国には分布が認められていない。一方、第二の媒介蚊であるヒトスジシマカ(図1)は第2次世界大戦中に、沖縄、長崎、大阪等で数万人規模のデング熱の流行に関わっている。2002年にハワイの100人規模の流行、台北における数十人規模の流行にも関わっている。近年、インド洋島嶼国、インド、東南アジア等で流行しているチクングニア熱の主要な媒介蚊はヒトスジシマカで、この流行は、2006年に検出されたウイルスの変異によって、ヒトスジシマカ体内での増殖活性が著しく高まったことが原因である。2007年に北東イタリアの小さな村で起こった突然のチクングニア熱の流行もヒトスジシマカが媒介蚊で、約300人の患者が発生し1人が死亡した。

この場合、1人の患者が原因で流行が起こったことが重要なポイントである。わが国の状況は、イタリアと同様に媒介蚊の生息密度が高いことから、チクングニア熱の突然の流行が起こる可能性は否定できない。一方、2010年には輸入デング熱症例が245例に達し、その約2/3がヒトスジシマカが活動している時期に帰国し、発症した症例であった。その意味から、ヒトスジシマカの都市部での発生状況を把握し、蚊の生理・生態を知ること、国内での分布を把握することは基本的な感染症対策において重要と考えられる。

ヒトスジシマカの生態
ヒトスジシマカは昼間吸血をする代表的な蚊で、墓地、公園、竹藪、雑木林に普通に生息している。幼虫発生源は、古タイヤ、バケツ、墓地の花立て、空き缶など種々の人工的な容器であるが、近年、都市部の道路、公園、公共施設などに多数存在する雨水マスが重要な発生源となっている。これらの構造物に溜まった水は、台所の排水などが混入せず、澄んだ雨水である。さて、ヒトスジシマカがどのような動物から吸血しているか明確になっていなかった。最近の我々の分析結果では、様々な動物から吸血していることが示されており、ヒト、イヌ、ネコ、ネズミ、両生類、カモ、スズメ類の血液が検出されている。米国のウエストナイルウイルス(WNV)媒介蚊の調査で、頻度は低いがヒトスジシマカからWNVが検出される。これは、ヒトスジシマカの野鳥から吸血する習性を示しており、WNVの媒介者となり得る。

ヒトスジシマカの分布域拡大
ヒトスジシマカの分布北限は1946〜1948年頃、進駐軍の詳細な調査では栃木県北部であった。しかし、その後徐々に分布域を北へ拡大しており、現在、秋田県と岩手県で侵入・定着が認められている(図2)。これら定着が確認された地域の年平均気温は約11℃以上で、この条件を満たす地域では定着が可能であると考えている。2009年に盛岡市内でヒトスジシマカが古タイヤから1コロニー確認された。定着を確認するために、2010年に、前年コロニーを検出した古タイヤを中心に、周辺の半径約150mを徹底的に調査した。その結果、24地点で36コロニーのヒトスジシマカ幼虫が確認され、盛岡市内では確実に定着していることが示された。2010年には青森県の八戸で初めてヒトスジシマカのコロニーが確認された。年平均気温の条件ではぎりぎりであるが、定着が起こるか今後明らかにしたい。

2011年3月の大震災による大津波によって、青森、岩手、宮城、福島県の海岸線が壊滅的被害を受け、生態系が相当破壊された。今後、復興事業による物流の活発化も予想され、より詳細な調査が必要になると考えられる。

この蚊は古タイヤの国際的な流通で、オーストラリア、北米、中南米、ヨーロッパの国々へ輸出され、イタリアのヒトスジシマカは、米国から輸入された古タイヤによって運び込まれたことが確認されている。米国の系統は日本から古タイヤによって輸出されたことから、ヨーロッパと日本のヒトスジシマカは同じ系統であることが強く示唆される。

ヒトスジシマカの成虫密度
ヒトスジシマカの成虫密度を調査する方法がいまだ確立されていない。紫外線や炭酸ガスによって誘引するトラップ捕集法が効果的と考えられているが、もともと成虫は灌木などに潜んでいる「待ち伏せ型」であるため、トラップ設置場所周辺に潜んでいる蚊が少ない場合には、ほとんど捕集されない。そこで、成虫密度を評価するために、調査者が灌木などのそばに立ち、吸血飛来してくるヒトスジシマカを捕虫網で8分間捕集する方法(8分間人囮法)を開発した。西宮市での調査では、8分間で20頭を超す公園、10〜20頭の公園などが認められたが、調査時期によって捕集数が相当異なる。8分間人囮法による捕集数の多い環境として、1)樹木による日陰の存在、2)潜み場所としての灌木の存在、3)地表面の植物の存在、4)遮蔽物の存在、などが考えられた。これらの条件は、ヒトスジシマカの吸血被害が大きい都市部の戸建て住宅の庭(8分間人囮法で50頭以上)と共通する。実際、公園内の灌木に約2m立方の蚊帳を覆い被せ、その中で潜んでいる成虫を捕集すると、最高で15頭の成虫が捕集された。成虫密度が高い地域では、平常時から幼虫対策を徹底して行うことが必要で、そのことが突発して起こる蚊媒介性感染症の流行対策に大いに貢献する。

国立感染症研究所昆虫医科学部
小林睦生 二瓶直子 駒形 修 沢辺京子 津田良夫
いきもの研究社 吉田政弘
西宮市環境衛生課 司馬英博
岩手県環境保健研究センター地球科学部 佐藤 卓 松本文雄 安部隆司

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