類鼻疽(melioidosis)は東南アジア、オーストラリア北部で流行する公衆衛生上重要な感染症である。他の地域(アフリカ、ラテンアメリカ、中東)からの報告が増えてきているが、アジア以外への旅行者での報告は稀である。起因菌のBurkholderia pseudomallei は土壌や表層水に生息しており、汚染された土や水が傷に接触するなど経皮感染の報告が多い。土や水の吸引による感染、検査室感染、体液を介した感染も報告されている。臨床像は重症敗血症から慢性疾患まで幅広い。潜伏期間は最短1日、慢性疾患では数年にわたることもある。適切な抗菌薬治療を行っても致死率は高く、重症敗血症では30〜50%に達する。
スイス在住の健康な30代男性がカリブ海の仏領マルチニク島を2010年11月に訪れ、10日間滞在した。最終日に悪寒を伴う発熱、頭痛、腹痛、腰痛が出現し、帰国後の11月25日(発症から2日後)にジュネーブ大学病院に入院した。入院時には全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome; SIRS)の状態であった。初診から24時間以内に、血液培養でグラム陰性桿菌が検出され質量分析(mass spectrometry)にてBurkholderia sp.と同定された。腸チフスを念頭にセフトリアキソンが投与されていたが、類鼻疽を考え高用量イミペネム(IPM)に変更された。16S rDNA配列の検討によりB. pseudomallei が同定された。
入院時には呼吸器症状は無く、胸部X線も異常所見は無かったが、翌日に呼吸不全をきたし、胸部CT検査では両肺野の浸潤影および小膿瘍を思わせる結節影を認めた。集中治療を行ったものの、多臓器不全と急性呼吸窮迫症候群を伴う敗血症性ショックのため第2病日に死亡した。
マルチニク島在住者では15年前に1例の類鼻疽患者の報告があるものの、本事例は同地への旅行者における初報告患者である。患者は洪水が起きた後の森林内で泥の中を歩いており、足には蚊刺症と掻破痕が認められた。曝露情報および同じ旅行の参加者の情報は、患者の入院から2日以内にスイスとフランスの保健当局に加え、マルチニク島の医療機関、国際旅行医学のネットワーク(EuroTravNet, TropNetEurop, GeoSentinel)に伝えられた。マルチニク島では、情報提供後に2例の疑い例に対し直ちに治療が開始された。曝露が疑われた場所の調査も開始される予定である。
診断はグラム染色や培養検査が主流だが、分離に24時間、同定にさらに48時間を要する。本事例では質量分析による同定を試み、当初はB. pseudomallei との鑑別が困難なB. thailandensis とされた。同定のゴールドスタンダードは16S rDNA配列の検討であるが、検査時間と費用の問題がある。
B. pseudomallei はバイオセーフティーレベル3で取り扱うべき病原体であり、曝露の程度に応じ曝露後予防を行う必要がある。本事例では、2名の検査室助手が培養時にエアロゾルに曝露し、スルファメトキサゾール/トリメトプリム合剤(ST)の曝露後予防投与を3週間行った。
類鼻疽は、軽症であっても適切な初期治療(2〜4週間の抗菌薬静注)が必要であり、セフタジジム、IPM、メロペネムが推奨される。初期治療後は、STとドキシサイクリンを併用し、12週間以上の追加治療が必須である。
類鼻疽は集団発生しうるため、診断したら直ちに地域の医療機関や国際的な旅行医学ネットワークに情報を提供すべきである。他の症例が無いかを調査し、検査室の感染予防体制を強化し、感染が疑われた場所での土壌の分析を含めた疫学調査を行う上で、迅速な情報提供が非常に重要となる。
(Euro Surveill. 2011; 16(1): pii=19758)