2008年に、フィリピンの2カ所の養豚施設で大規模な急性呼吸器症状および流産が流行した。米国農務省の研究施設の調査により、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスと豚サーコウイルス2型に加えて、レストンEBOVが検出された。2カ所の養豚施設の豚の肺、脾臓、リンパ節から遺伝的に異なる3種類のレストンEBOVが分離された。ブタから検出されたレストンEBOVの分子系統学的解析から、ブタから分離された3種類のウイルスのうち1つは1996年のサル施設での流行時に分離されたウイルスに遺伝的に近いが、残りの2種類のウイルスは、過去3回のサルでのレストンEBOV感染症の流行時のウイルス間よりも遺伝的に異なる。これらのことから、2カ所の養豚施設で3種の異なるレストンEBOVの汚染があったと思われる。この事例からブタがEBOVに感受性があることが明らかになり、1)フィリピンの養豚場のブタのレストンEBOVによる汚染の程度、2)レストンEBOVのブタに対する病原性、3)ブタにおける同ウイルスの増殖性、等は解決されるべき重要な課題である。オーストラリアでブタへのレストンEBOV感染実験が行われた結果、ブタは発症せず、ウイルス増殖も比較的低いことが示された。一方、強毒なザイールEBOVをブタに感染させると発症し、同居非感染群へも感染拡大する。サルおよびブタのレストンEBOV感染症流行時に、ヒトへの感染も報告されているが、すべて抗体応答のみで発症例はない。このことから、ブタはEBOVに対してヒトに近い感受性を持っていると考えられる。一方、養豚施設の多くのブタが抗体陽性であること、感染ブタの肺にウイルス抗原が検出されていることから、飛沫あるいは空気感染により感染が拡大したと考えられる。しかし、レストンEBOV単独の感染実験では不顕性感染でウイルス増殖も低いこと、汚染施設の多くのブタがPRRSウイルスや豚サーコウイルス2型に感染していたことから、これらのウイルス感染による免疫抑制や呼吸器症状がレストンEBOVの感染拡大に関与したと考えられる。
国立感染症研究所(感染研)と東北大学フィリピン拠点、フィリピン熱帯医学研究所、フィリピン農務省との共同研究により、流行のみられた養豚施設内でのブタの感染状況を血清学的に詳細に検討した結果、多くのブタがレストンEBOVに感染していた。
レストンエボラウイルスの宿主
ザイールEBOVとマールブルグウイルス(MARV)は、アフリカのオオコウモリにおいて抗体陽性や遺伝子陽性が証明され、オオコウモリがこれらの自然宿主であることが示唆されている。特にMARVはエジプトルーセットオオコウモリから分離されている。ザイールEBOVのウイルス遺伝子および抗体が、ウマヅラコウモリ、フランケオナシケンショウコウモリ、クビワフルーツコウモリから検出され、抗体がエジプトルーセットオオコウモリから検出されている。感染研、東京大学、フィリピン大学との共同研究から、フィリピンのコウモリのうちジェフロワルーセットオオコウモリから抗体が検出されている。ウイルス遺伝子は現在まで証明されていないが、このコウモリがフィリピンにおけるレストンEBOVの自然宿主である可能性がある。ルーセットオオコウモリには、デマレルーセットオオコウモリ等10種程存在するので、今後他のルーセットオオコウモリからもフィロウイルス感染が見いだされる可能性がある。EBOV 5種のうち4種がアフリカに分布し、レストンEBOVのみアジアに分布するのは、おそらく自然宿主の分布域の違いによると思われる。アフリカでの霊長類やレイヨウ類(ダイカー)への感染は、コウモリの食い残しの果実等を食することによる間接的な感染ではないかと考えられている。フィリピンのカニクイザルやブタへのレストンEBOVの感染も同様に起こった可能性がある。
検疫体制
EBOVとMARVは、ウイルス感染サルを介して輸入される可能性があるため、日本が承認した国の承認施設以外からのサルの輸入禁止措置がとられている。承認施設からのサルの輸入に際しても、輸出国での輸出前検疫と日本での輸入検疫が行われている。国内検疫で疑い症例が出た場合には、動物検疫所でフィロウイルス検出RT-PCRを実施し、必要に応じて感染研が確認検査を行うことになっている。近年、ブタでのレストンEBOV感染症が発生したことから、ブタを介したフィロウイルスのヒトへの感染が否定できなくなったが、日本はフィリピンからブタや豚肉等を輸入していないため、少なくともブタに関連したレストンEBOVの日本への侵入はないと考えられる。
国立感染症研究所ウイルス第一部
森川 茂 佐山勇輔 谷口 怜 西條政幸