全身症状を伴ったライム病の1例
(Vol. 32 p. 219-220: 2011年8月号)

患者:69歳男性
主訴:体幹の紅色皮疹、頭痛、関節痛
初診:2010(平成22)年7月

現病歴:2010(平成22)年5月頃、右肩に虫刺症様のかゆみを伴う紅色結節が出現したが放置していた。明らかなダニ刺咬は自覚していなかった。その後、紅色結節は掻破により潰瘍化し、結節を中心に、淡紅色の環状紅斑が遠心性に拡大してきた。2010(平成22)年6月頃から左膝関節痛出現、7月になり頭痛が出現したため近医内科受診した。臨床検査成績で肝機能障害を認めた。体幹の紅斑について精査治療目的で当科紹介となった。

現症:前胸部から右上腕、背部に広がる直径30cm以上の環状紅斑を認める(図1図2図3)。紅斑の中央部に痂疲を伴った直径1cmの紅色結節を認める(図4)。

臨床検査成績:2010(平成22)年7月5日;白血球 7,970/μl (neut 42.3%、 lymp 50.4%、mono 3%、 eos 2.9%、baso 1.9%)、赤血球 4.52×106/μl、Hb 14.1 g/dl、PLT 19.0万/μl、TP 7.7 g/dl、T-bil 0.5 mg/dl、AST 100 IU/l、ALT 138 IU/l、LDH 320 IU/l、ALP 419 IU/l、BUN 20 mg/dl、Cre 0.87 mg/dl、CRP 1.3 mg/dl

診断:マダニ咬傷の既往は明らかではなかったが、ライム病の好発地域である北海道で林業に従事していること、典型的な慢性遊走性紅斑(ECM: erythema chronicum migrans)、頭痛、肝機能障害、関節症状など複数臓器の症状を認め、ライム病と診断した。

血清診断(民間検査所):ボレリア抗体スクリーニング(EIA):>5.00陽性、ウエスタンブロット法:陰性

治療:アモキシシリン 750 mg/日内服開始とした。皮疹は速やかに消退し、肝機能異常も改善、頭痛、関節症状も消失した。2週間内服し投与終了とした。

考案:ライム病はマダニにより媒介される、スピロヘータの一種であるボレリアによる全身性感染症である。欧米をはじめとして、全世界で患者が発生している。本邦では北海道からの報告が圧倒的に多く、媒介するシュルツェマダニが寒冷地に分布しているためと考えられている。

ライム病の病期はI期(限局期)、II期(播種期)、III期(晩期)に分けられる。I期はマダニ刺咬後数日〜数週間にみられ、主にECM 、インフルエンザ様症状、一過性関節痛などで、II期は刺咬後数週間〜数カ月後に現れる移動性関節痛、循環器症状、神経症状などである。晩期(III期)症状は刺咬後数カ月〜数年後に出現する、モルフェア様皮疹、慢性関節炎、慢性神経障害などである。本邦ではECM のみを症状とする軽症例が多いが、欧米ではリウマチ様関節炎、髄膜炎、顔面神経麻痺など神経症状、心筋炎、心膜炎など循環器症状などもまれではない。自験例はI期もしくはII期の早期例である。

診断は流行地での滞在が重要であり、マダニ刺咬が確認できるかどうか、典型的なECMの有無、全身症状の有無、血清診断などからなされる。多くの場合、ダニ刺咬を患者が自覚しているため、典型的なECMがあれば診断可能である。自験例のように環状紅斑を呈することが多いが、蜂窩織炎様皮疹(図5)が出現することもある。血清学的検査は保険適応がなく、抗体陽性率が必ずしも高くないことが問題である。自験例では、流行地である北海道で山林での作業に従事しており、典型的なECMを認め、関節症状、神経症状を呈していたことから、患者の同意を得て民間検査所での血清診断を行ったが、スクリーニングでは陽性であったが、ウエスタンブロット法では陰性を示した。2〜4週間後に再検すべきであったが検討していない。

治療は皮膚症状に対してはドキシサイクリン、アモキシシリン、テトラサイクリンなどが第一選択である。2週間を目安に投与する。神経症状、関節症状、循環器症状などの合併がある場合は、抗菌薬の静脈投与を行い、より長期間の治療が必要であるとされる。

まとめ:本邦では皮膚症状が主体で、ときに発熱、関節痛、筋肉痛などの全身症状がみられる。神経麻痺などの神経症状の報告もあるが、重篤な全身症状の報告はみられない。しかし、欧米ではライム病は年間十数万人の患者が発生し、重大な社会問題となっている。地球規模での環境変化、生態系の変化に伴い、わが国のライム病の病像も変化する可能性もあり、注意して診療にあたる必要がある。

参考文献
橋本喜夫、ライム病、最新皮膚科学体系16(玉置邦彦ほか編):94-102、中山書店、東京、2003

北見赤十字病院皮膚科部長 高橋一朗

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