ライム病ボレリア国内患者分離株のMLST解析
(Vol. 32 p. 224-226: 2011年8月号)

ライム病はボレリア属細菌による感染症で、病原体ボレリアは、野生動物を保菌宿主とし、マダニによって媒介されることでヒトへの感染が成立する。世界では、Borrelia burgdorferi B. garinii 、およびB. afzelii が病原体として知られている。欧米では年間数万人規模で患者が報告されており、特に欧州ではB. garinii 感染による神経ボレリア症が見出されるなど、患者発生数に加え、その重い病態のため重大な社会問題となっている。わが国では、1999年の感染症法施行後、主な流行地である北海道での49例を含む、計124例(2010年12月現在)のライム病症例が報告されている。国内感染のライム病患者は、遊走性紅斑を主訴とする皮膚症状を呈し、また皮膚病変部からは病原細菌であるB. garinii が分離される。他方、米国で問題となっているB. burgdorferi 、欧州ではB. garinii 同様ライム病起因菌となっているB. afzelii はほとんど見出されない。欧州ではB. garinii の多くは鳥類によって維持・伝播されることが次第に明らかとなってきている。一方、わが国では欧州同様B. garinii がライム病起因菌であることが示されてきたが、生態系におけるB. garinii の維持伝播経路については不明な点が多い。

わが国におけるB. garinii の生態系における維持伝播経路を調べるために、1)B. garinii の媒介マダニであるシュルツェマダニ(Ixodes persulcatus )より分離されたB. garinii 15株、2)ヒト患者皮膚病変部由来B. garinii 19株、3)国内野鼠由来B. garinii 18株を研究に用いた。野鼠由来株の内訳は、Myodes rufocanus bedfordiae (エゾヤチネズミ)由来10株、Apodemus speciosus (アカネズミ)由来8株である。これらB. garinii 52株は、高感度DNA型別法であるMulti-locus sequence typing(MLST)法によりDNA型別を行い、それぞれのDNA型(Sequence type;ST)をデータベース(http://borrelia.mlst.net/ )と照合、解析を行った。使用したB. garinii 菌株は、研究協力者らと協力して分離、収集した。これらB. garinii 株をBSK培地にて32℃孵卵器にて静置培養後、常法に従ってDNA抽出した。抽出したDNAを鋳型とし、Margosら1) の方法に従ってPCRを行い、増幅DNAを得た。得られたDNAは精製後塩基配列を決定しMLST解析に用いた。

MLST法によるDNA型別により、国内分離B. garinii 株は2群に大別された。大別されたそれぞれをB. garinii ST-group A、B. garinii ST-group Bとし、結果を表1にまとめた。国内でライム病ボレリアを伝播するマダニとして、シュルツェマダニが知られている。本マダニからはB. garinii ST-group A、B. garinii ST-group Bが分離される一方、患者由来株の84%および野鼠由来株のすべてがB. garinii ST-group Bであった。患者および野鼠分離株においてはB. garinii ST-group Bが見出される頻度が有意に高いことがFisherの直接確率検定によっても確認された(P>0.05)。加えて、国内患者由来19株中9株(47%)は野鼠由来株と同一のDNA型(ST128、ST131、およびUntypableの一部)であった。

国内でのライム病病原体B. garinii のMLST解析から、1)国内に存在するB. garinii は2群(B. garinii ST-group A、B. garinii ST-group B)に大別できること、2)患者由来株の80%以上はB. garinii ST-group Bであること、3)野鼠由来株はすべてB. garinii ST-group Bであること、さらに、4)患者分離株の約半数が野鼠分離株で見出されたDNA 型と一致すること、が明らかとなった。国内患者株内で最も多く見出されたDNA型はST131である。このDNA型は、北海道で捕獲されたエゾヤチネズミの耳介組織より分離された株と一致するとともに、MLSTデータベースに登録されている、NT29株(長野県シュルツェマダニ由来株)とも一致した。このことは、国内に分布するB. garinii の一部は少なくとも野鼠を保菌宿主とし、シュルツェマダニにより伝播されることを示している。また、ST131 やST128 などのDNA 型は中国で分離されたB. garinii 株(JW-1株、NMK3株)とも一致している。このことは、B. garinii ST-group Bは日本のみならず中国でもライム病起因菌となっている可能性が考えられた。一方で、約15%の患者分離株がB. garinii ST-group Aに型別された。これらDNA型の保菌動物は現在不明である。Nakaoら2) によれば、野鳥寄生性のシュルツェマダニ幼虫からはB. garinii が検出されることが報告されている。また欧州では、わが国に分布するB. garinii ST-group Aと近縁のB. garinii 株が野鳥により保菌されていることが明らかにされつつある。このことからB. garinii ST-group Aの自然界での保菌宿主は鳥類である可能性が考えられた。

わが国においては、ライム病ボレリアB. garinii 感染例の少なくとも半数は野鼠由来Borrelia 株と同一STであり、また全体の80%以上がB. garinii ST-group Bであることが明らかとなった。このことから、国内に分布するヒト病原性B. garinii は欧州とは異なり、野鼠によって環境中で維持、伝播されている可能性が強く示唆された3) 。

謝 辞
本研究を行うにあたり、ボレリアのMLST解析に協力頂いた武藤麻紀氏(国立感染症研究所寄生動物部)、小笠原由美子氏(同ウイルス第一部)に深謝致します。またボレリア分離材料を提供頂いた高田伸弘、矢野泰弘(福井大学)、藤田博己(大原綜合病院付属大原研究所)、伊東拓也(北海道立衛生研究所)、及川陽三郎(金沢医科大学)、川森文彦(静岡県環境衛生科学研究所)、熊谷邦彦,三上稔之(青森県環境保健センター)、安藤秀二、花岡希、本田尚子(国立感染症研究所)、Kyle Taylor、坪田敏男、今内覚(北海道大学)各氏に深謝致します。

本研究は厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)ワンヘルス理念に基づく動物由来感染症制御に関する研究(代表:山田章雄)によって行われた。

 参考文献
1) Margos G, et al ., Proc Natl Acad Sci USA 105: 8730-8735, 2008
2) Nakao M, et al ., J Infect Dis 170: 878-882, 1994
3) Takano A, et al ., J Clin Microbiol 49: 2035-2039, 2011

国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹 高野 愛 渡邉治雄 大西 真
福井県衛生環境研究センター 石畝 史
旭川医科大学 中尾 稔
千葉科学大学 増澤俊幸

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