世界ではライム病、回帰熱、リケッチア症、ウイルス性出血熱、つつが虫病といった公衆衛生上重要な疾患がダニ類によって媒介されることから、マラリアなど蚊媒介性感染症と並んで、ダニ媒介性感染症が重視されている。わが国においても1999年の感染症法施行以来、一部のダニ媒介性感染症のサーベイランスが行われている(表1)。
ダニ媒介性感染症の病原体は、自然界において通常、哺乳類、鳥類などのダニの宿主動物に保有されている。このためダニ類はその成長、脱皮、産卵などのための吸血行動を通して病原体に感染する。ダニ類は脱皮により成長するが、それら過程において病原体感染が維持された場合に初めて保有状態となる(経期感染)。経期感染はほとんどのダニ媒介性病原体において見出される。ダニ類に保有された病原体は体内で増殖後、唾液腺組織内へ移行し、刺咬・吸血時に、唾液を介してヒト体内へ伝播される。一部の病原体(リケッチア属細菌や回帰熱ボレリアの一部など)はダニ類の卵にも移行し、次世代へ垂直伝播する(経卵感染)。この場合、孵化した幼虫は病原体を保有した状態で吸血行動を行うことになる。ダニ媒介性感染症のヒトへの感染は、病原体保有ダニ類の刺咬・吸血行動によって成立するため、病原体の病原性および媒介ダニ類との親和性等を一定と仮定した場合、感染者数の増減は、病原体保有ダニ類への曝露頻度、すなわちダニ類の病原体の保有頻度と棲息密度、ダニのヒト刺咬頻度に強く影響を受ける。
マダニ刺咬例のサーベイランス
マダニ媒介性感染症の実態把握を行うためには、ダニのヒト刺咬状況を明らかにする必要がある。このため、国立感染症研究所では医療機関の協力を得て、2005年よりわが国におけるマダニ刺咬症例の調査を行っている。2011年6月現在、医療機関より情報を受けたマダニ刺咬例は国内96例、海外14例、計 110例である。国内刺咬例の月別報告数は6月(23例)をピークとする単峰性分布を示し、11月〜翌年2月までの冬期には、刺咬例は報告されなかった(図1)。刺咬マダニは4属11種に及んだ(図2)。
タカサゴキララマダニAmblyomma testudinarium 刺咬例
タカサゴキララマダニ刺咬例は全症例の約52%を占め、国内における主要なヒト刺咬種となっている。地理的には主に本州中部以西で見出された。Imaokaら1) は島根県において本種の刺咬によりRickettsia tamurae 感染があったことを報告している。本症例は限局性の皮膚炎症および菌血症を伴う全身症状を示した一方で、Rickettsia japonica 感染による日本紅斑熱と比較して軽症と推定された。タカサゴキララマダニのR. tamurae 保有率は不明であるが、本州中部以西では本リケッチア感染症が潜在する可能性が高い。
Ixodes 属マダニ刺咬例
Ixodes 属のマダニ刺咬例ではヤマトマダニI. ovatus 、シュルツェマダニI. persulcatus 、ヒトツトゲマダニI. monospinosus 、カモシカマダニI. actitarsus 、タネガタマダニI. nipponensis が本調査で見出されている。また、沖野ら2,3) は1960年以降、国内において上記刺咬マダニ種以外にアカコッコマダニI. turdus (関東、福島)、アサヌママダニI. asanumai (埼玉)、タヌキマダニI. tanuki (長崎)刺咬例があったことを報告している。アサヌママダニは埼玉県には生息しないことから、この症例は県外で刺咬されたものと推測される。ライム病ボレリアを媒介するシュルツェマダニによる刺咬例は北海道、長野など本州中部で主に報告されており、いずれもライム病流行地と一致していた。
橋本ら4) は1995〜2000年に、北海道の一部地域でマダニ刺咬例を調べ、6年間に700例のマダニ刺咬例があったことを報告している。このうち、約80%がライム病ボレリアを伝播するシュルツェマダニ刺咬例と推定され、また56例がライム病ボレリアに感染したことが報告されている。このことから橋本らは北海道におけるライム病発生頻度は人口10万人当たり1.86と推定した。2006〜2010年までの5年間で、感染症法により届出があったライム病症例は、北海道全域においても20例に満たないことから、届出がなされていない症例が潜在する可能性がある。
Haemaphysalis 属マダニ刺咬例
Haemaphysalis 属マダニ刺咬例は主に関東以西で見出されている。本調査では、フタトゲチマダニHaemaphysalis longicornis 、ヤマアラシチマダニH. hystricis 、キチマダニH. flava 、およびオオトゲチマダニH. megaspinosa 刺咬例が見出された。日本紅斑熱病原体であるR. japonica を媒介するマダニ種、ヤマアラシチマダニおよびフタトゲチマダニの刺咬例が見出された。Tabaraら5) は日本紅斑熱患者が多数報告される地域とその周辺地域でマダニ類を含む動物相を比較し、野生シカの棲息密度が高い地域と患者発生地域が一致すること、この地域ではフタトゲチマダニが優占種であること、かつ本種のR. japonica 保有率が他地域と比べて有意に高いことを見出した。このことは、主に西日本においては、野生シカ等の高密度棲息地で、フタトゲチマダニ刺咬により日本紅斑熱が発生している可能性を強く示唆している。フタトゲチマダニは病原性ウイルスを伝播することも知られている。近年中国では、本種が新型のブニヤウイルスを保有することが発見され、このマダニを介したヒト感染例も報告された6) 。国内における本ウイルスの保有状況は未解明であり、今後の調査が待たれる。このほか沖野ら3) は1960年以降、国内においてツリガネチマダニH. campanulata (兵庫、島根)、ヤマトチマダニH. japonica (青森、長野)、ヒゲナガチマダニH. kitaokai (島根)の刺咬例があったことを報告している。
その他のマダニ刺咬例
本調査では、これ以外にOrnithodoros 属のマダニ刺咬例が報告されている。これらはクチビルカズキダニO. capensis と推測されるものの、近縁のO. sawaii が含まれている可能性もあり、今後の検討課題としたい。国内に棲息するOrnithodoros 属マダニは主に野鳥を吸血宿主とすると考えられる。Takanoら7) は本属のマダニから回帰熱群ボレリアが高頻度で検出されることを報告しているが、このボレリアが回帰熱を引き起こすか否かは不明である。
このほか沖野ら3) は1960年以降、国内においてコウモリマルヒメダニArgas vespertilionis (富山)、オウシマダニBoophilus microplus (岩手、群馬、大阪)、タイワンカクマダニDermacentor taiwanensis (福岡)刺咬例の報告を集約した。また、これ以外に角坂らは沖縄県におけるカメキララマダニA. geoemydae 刺咬例を見出している。
海外でのマダニ刺咬例
調査期間中、医療機関より送付を受けたマダニは14症例より得られた26個体であった。推定されたマダニ刺咬国はオーストラリア(4症例)、アメリカ(2症例)、南アフリカ、ペルー、フランス、ロシア、コスタリカ、パナマ、ドイツ、不明(各1症例)である。刺咬マダニは国立感染症研究所・細菌第一部にて形態学的およびマダニミトコンドリアrrs 遺伝子配列により種同定された。アメリカでの刺咬例にはD. variabilis が見出された。本マダニはロッキー山紅斑熱病原体R. rickettsii の主要媒介マダニであることが知られている。また欧米渡航者の中にはライム病ボレリアやアナプラズマ症病原体Anaplasma phagocytophilum を伝播するI. ricinus およびI. scapularis が見出された(表2)。
結 語
ダニ媒介性感染症発生数は、病原体保有ダニ類への曝露頻度に比例する。このため、マダニ種ごとのヒト刺咬の有無とその頻度、および病原体保有頻度状況を把握することが重要である。
謝 辞
実験補助をいただきました武藤麻紀氏(国立感染症研究所・寄生動物部)、坂田明子氏(世田谷区区役所)、およびヒト刺咬マダニを送付頂きました各地の医療機関、衛生研究所、保健所の担当者の皆様に深謝いたします。
参考文献
1) Imaoka K, et al ., Case Rep Dermatol 3: 68-73, 2011
2)沖野哲也、他、川崎医学会誌 36: 115-120, 2010
3)沖野哲也、他、川崎医学会誌 36: 121-126, 2010
4)橋本喜夫、 他、皮膚病診療 25: 926-929, 2003
5) Tabara K, et al ., J Vet Med Sci 73: 507-510, 2011
6) Yu XJ, et al ., N Engl J Med 364: 1523-1532, 2011
7) Takano A, et al ., Emerg Infect Dis 15: 1528-1530, 2009
国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹 高野 愛 大西 真
国立感染症研究所ウイルス第一部 安藤秀二 小笠原由美子
大原綜合病院付属大原研究所 藤田博己
愛知医科大学 角坂照貴
赤穂市民病院 和田康夫
ばば皮ふ科医院 馬場俊一
岐阜大学 清島真理子