焼肉チェーンAで発生した腸管出血性大腸菌感染症O157広域散発事例
(Vol. 32 p. 237-239: 2011年8月号)

2009年11月〜2010年1月にかけて、焼肉チェーンA(以下A焼肉)との関連が疑われる腸管出血性大腸菌(EHEC)O157感染事例が、複数の自治体において発生した。その概要について報告する。

端 緒
11月中旬以降自治体による調査でA焼肉での喫食との関連が疑われるEHEC感染症が自治体間の情報提供が発端となり、関東および沖縄の複数の自治体で発生していることが判明した。患者からは5種類のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンを示すO157が検出された。12月29日に収去されたサガリ*から患者株とPFGEパターンが一致するO157が検出され、提供を自粛したところ、患者の発生は終息した。1月18日本社のある横浜市より国立感染症研究所感染症情報センターおよび同研究所実地疫学専門家養成コースに調査依頼がなされた。11月より以前に本事例と関連が疑われるA焼肉に関する有症苦情はなく、11月以降同時期にA焼肉以外のO157症例からPFGEパターンの一致は見られなかった。

調査方法
症例定義を下記の通り定め、関連自治体の調査情報の集約、統一調査票による情報収集を行うとともに原材料の遡り調査、汚染状況の確認検査および症例対照研究を行った。症例対照研究は対照を調査開始前にプールされた参加希望者を症例と年齢、利用店舗、喫食時期で1:4にマッチングさせ、インターネットで調査を行った。

・症例定義
確定例:2009年11月1日以降に、A焼肉にて喫食後14日以内に、消化器症状(腹痛、水様性下痢、血便、嘔吐のいずれか)を呈した者で、便検査によりEHEC O157が陽性となった者

結 果
症例は21例(男性14例、女性7例)あり、年齢は中央値が23歳(範囲11〜48歳)であった。症例のうち14例(67%)が入院した。この高い入院率から軽症患者が見逃されている可能性が示唆された。溶血性尿毒症症候群(HUS)の発症者はなく、全例が回復した。また、症例から二次感染が疑われる事例は認めなかった。喫食日別の流行曲線(図1)より、PFGEパターンごとの小さな集団発生が断続的に発生していたと考えられた。地理的な分布にPFGEパターンごとの偏りは見られなかった(図2)。

本社は多数の異なる加工業者から食材を仕入れ、物流センターに集めたあと、各店舗別に注文数に応じたパック数を分配し各店舗に配送していた。店舗では原則加工業者で加工されたパックをあけるのみであった。また、ユッケや生レバー等生食のメニューは提供されていなかった。

サガリはカナダから輸入後、食肉加工業者B社で加工されたもののみを入荷していた。B社ではサガリの輸入を8月にオーストラリア産からカナダ産に切り替え、9月中旬から加工が始まっていた。1日約 200kgを数回に分けてまな板の上に山積みし、数名の従業員により包丁でカットし、1kgずつ真空パックされていた。同じ食材を加工している間は洗浄、消毒は行われておらず、汚染肉が供給された場合、肉同士の接触や、作業者、包丁、まな板を介しての汚染拡大の可能性が考えられた。サガリが輸入後店舗に至る過程でパッケージが開封されたのはB社のみであった。

所管する保健所による施設のふきとり検査、従業員の検便検査は陰性であった。サガリからはC、Dの他W、X、Y、Zという症例から確認されていないPFGEパターンの菌も確認された(図1)。さらに12月14〜18日の加工品に関して汚染率の検討を行った結果、平均の汚染率(図3)は34%、17日の加工品は70%と高かった。このことから輸入時に複数のサガリが異なるPFGEパターンに汚染されており、B加工業者での作業工程でその汚染が拡大したことが示唆された。加工前の汚染率調査は残存するサンプルが無く、実施できなかった。B社ではほぼ毎日 200kgのサガリを加工していたことから、平均して5日間で約 340kg、約 3,400食(1食 100g程度)相当の汚染サガリが店舗に供給されたと考えられる。汚染肉が広く流通していたことからも本事例で確認された症例は氷山の一角であると考えられた。

また、症例対照研究でもサガリの喫食がオッズ比[95%信頼区間] 14.61[2.33〜91.65]と、統計学的に有意となった。

まとめ
輸入時にすでに複数のサガリが異なるPFGEパターンのO157に汚染されており、それらが加工業者での加工の際に拡大し、非発生店舗を含め広く流通し、PFGEパターンごとに独立した氷山の一角と考えられる小さなアウトブレイクが断続的に起こっていたと考えられた。しかし、加工前の汚染率調査ができなかったことから加工業者での汚染拡大の規模は不明である。

加工業者等の店舗に到るまでの中間工程での汚染は本事例のように広域に広がり、長期間に患者を発生させる可能性がある。そのため中間工程での汚染のリスクを認識し、管理、介入が必要と考えられた。そのため食中毒のリスクを軽減するためには、安全な肉を仕入れ、汚染の拡大を防ぐという観点からも、店舗だけでなく、輸入から加工、流通までの過程でのリスク評価を行い、それに基づいたHACCPの導入など、加工業者等への適切な介入が必要と考えられた。

謝 辞
国立感染症研究所細菌第一部・寺嶋淳第一室長に深謝いたします。

*サガリ:横隔膜の一部で、背中に近い厚い部分。内臓肉に分類され、屠畜解体時に糞便に汚染されやすい。1頭あたり約1kg程度とれる。

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース 大平文人 中村奈緒美
同感染症情報センター 八幡裕一郎 中島一敏 岡部信彦
横浜市保健所 大島直子 市川博道 市川英毅 松野 桂 修理 淳

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