愛媛県で発生した乳児ボツリヌス症例
(Vol. 32 p. 270-271: 2011年9月号)

症例:11カ月 男児
主訴:哺乳不良
家族歴:特記事項無し
既往歴:妊娠分娩歴に異常なし。在胎週数40週3日、出生体重3,465g、APGAR 9点/10点にて出生した。頚定3〜4カ月。独座7カ月。11カ月の時点でハイハイ、つかまり立ちはしていない。

現病歴:2010年12月末より咳・鼻水出現し、2011年1月4日(第1病日)より排便がなくなった(それまでは1日2回程度あった)。第6病日朝より機嫌が悪く、夜より食欲低下、哺乳もほとんどできなくなったため第7病日に近医小児科を受診した。腹部単純X線所見にて大腸ガスの貯留、および便の陰影を指摘された。そこで浣腸を施行され大量の排便があった。いったん帰宅したものの、午後になっても症状が改善せず、ほとんどミルクが飲めなくなったため同医を再診した。腹部膨隆しており、腹部単純X線にてニボーが認められた。麻痺性イレウスと診断され、同日当科を紹介受診し入院した。

入院時現症:体重:7.8kg、体温:37.4℃、脈拍:140bpm、SpO2:100%(room air)。ぐったりしており、啼泣あるも弱々しい。腹部膨隆し、腸蠕動音はやや低下していた。筋緊張の低下が認められた。

入院時検査所見:血液検査所見ではWBC 13,790/μl、CRP 1.76 mg/dlと炎症反応の軽度上昇を認めたが、その他異常所見は認めなかった。胸腹部単純X線で大腸ガス著明に増加し、ニボーを認めた。腹部CT所見で大腸内に多量の便を認めた。

入院後経過:麻痺イレウスとして絶食、輸液管理を開始し適時浣腸施行を行った。入院時(第7病日)には坐位も可能であったが、第9病日朝の採血時には全身がぐったりし、啼泣小さく、痛み刺激に対しても反応が鈍い状態であった。聴診にて湿性ラ音が著明であり、SpO2 80%台前半まで低下を認め、気管支肺炎の合併も考え、セフメタゾール全身投与、アドレナリン吸入、プレドニゾロン投与、酸素の投与(マスク2l/min)を開始したところ、SpO2 90%台後半を保っていた。第10病日深夜より呼吸状態の増悪があり、大量の膿性痰が吸引された。朝の採血再検時には痛み、および吸引刺激などに対して全く反応せず、全身の筋緊張は著しく低下していた。血液検査上WBC 7,520 /μl、CRP 5.39 mg/dlと炎症反応は上昇し、胸部単純X線にて右上肺野の軽度の透過性低下を認めた。敗血症、脳炎・脳症、髄膜炎なども疑われ、脳波、頭部MRI、腰椎穿刺を行ったが、いずれも異常所見を認めなかった。しかし、脳炎・脳症や敗血症などが否定できないため、パニペネム/ベタミプロン、セフォタキシム、γグロブリン、デキサメタゾンの投与を開始した。また、代謝疾患の存在を疑いアンモニア、ピルビン酸、乳酸検査したが正常範囲内であった。第11病日になっても呼吸状態は不安定なため、持続陽圧呼吸療法(CPAP)による呼吸管理を開始し、同時に経管によりミルク注入を開始した。その後も、表情は無く、瞳孔は散大し対光反射は鈍く、全身の筋緊張は低下した状態がしばらく続いたが、第18病日ごろより四肢の軽度の動きが認められるようになり、徐々に動きが大きくなった。

臨床経過より、乳児ボツリヌス症が疑われたため、食事摂取歴を聴取したところ、第4病日に弁当に入っていたハチミツのついたイモ料理を摂取していたことがわかった。検査のため、便(第20病日と第21病日に採取)と血清(第10、11、14、21病日採取)検体を国立感染症研究所に提出したところ、便からB型のボツリヌス毒素と毒素遺伝子が検出され、乳児ボツリヌス症と診断した。便からは後日、B型のボツリヌス菌も分離された。血清からはボツリヌス毒素は検出されなかった。

入院後、定期的な浣腸でも排便は少量あるのみであったが、第21病日の浣腸時には、手のひら大の泥状便の排便を認めた。その頃より、追視が認められ、おもちゃに手を伸ばす様子が観察された。以降は、対症療法を継続し、筋力の改善傾向が認められ、呼吸も安定したため、第41病日にCPAPから離脱し、経口哺乳も開始した。経口哺乳量も徐々に増加し、問題なく離乳食摂取ができるようになったため、第50病日に退院した。

本症例の原因がハチミツだったのかを確認するために、弁当に使用されたハチミツの検査も実施した。しかし、ハチミツ検体50gからボツリヌス菌は検出されなかった。イモ料理に使用されたハチミツは少量で、患児の摂食した量も微量だったため、ハチミツが本症例の感染源だった可能性は低いと考えられた。

松山赤十字病院小児科 東 良紘 吉川知伸 片岡京子 小谷信行
松山市保健所生活衛生課 宮本 猛
愛媛県立衛生環境研究所 烏谷竜哉 浅野由紀子 土井光徳
国立感染症研究所細菌第二部 見理 剛 高橋元秀

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