日本におけるHIV検査体制
(Vol. 32 p. 287-288: 2011年10月号)

わが国におけるHIV検査は、1987年から全国の保健所で匿名検査として始まった。当初は国民の関心が高く、また、マスコミ等の報道によって保健所での検査数は1992年には10万件近くに達したが、その後、人々の関心が薄れるとともに検査数は減少し、1997年には46,237件まで落ち込んだ。しかし、エイズ動向委員会でのHIV患者・感染者数は増加し続け、保健所検査においても感染者数は増加した。一方、献血でもHIV抗体陽性率は年々増加し、1999年にはすべての献血血液について抗体検査に加え、核酸増幅検査(NAT)が導入された。このような状況の中、保健所でのHIV検査体制の強化が重要な課題となり、2000年厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業においてHIV検査体制研究班が立ち上がった。研究班と全国自治体の関連各所との協力により、保健所で平日行われている通常検査の他、夜間検査受付、土日の特設検査所の開設、迅速検査等の導入により検査数、陽性数が増加し、2008年の検査数は177,156件、陽性数は501件で、2000年に比べそれぞれ3.6倍、2.5倍に増加した。

HIV検査はスクリーニング検査と確認検査の2段階で行われる。当初保健所等のスクリーニング検査ではPA法、EIA 法が主流であったが、2001年以降迅速検査を導入したことによって、検査数は著しく増加した。迅速検査は陰性の場合には検査受付後約1時間で結果が得られることから、受検者のニーズが高く、自治体が実施する保健所以外の特設検査所や民間クリニックにおいても広く利用されている。

迅速検査法(IC法)はしばらくの間、ダイナスクリーン・HIV-1/2(ダイナスクリーン)の独壇場であったが、2010年から抗原抗体同時検査法エスプラインHIV Ag/Ab(エスプライン)が使用できるようになった。エスプラインの抗体検出感度はダイナスクリーンより若干良く、セロコンバージョンパネル血清10パネル中4パネルがダイナスクリーンより早い時期から抗体を検出できた。偽陽性率はPA法、EIA法とほぼ同様の0.3%程度で、ダイナスクリーンの0.5〜1%に比べ低く、抗原検出感度は約300pg/mlで、EIA法に比べるとかなり劣る。エスプラインを含めた「保健所等における迅速検査のガイドライン」の改訂版を、今年度末に出版予定である。

スクリーニング検査では、感染初期のウインドウ期間内にある場合を除き、HIV感染者は陽性となるが、検査法により0.3〜1%程度の偽陽性が認められる。一方、保健所の検査における確認検査後のHIV陽性率は平均で約0.3%(2010年)である。このような比較的高い偽陽性を除外するためには、最初のスクリーニング検査より検出感度の優れている方法で追加検査を実施し、陽性であれば確認検査を行う。このシステムは特に妊婦等の感染率の低い集団を対象とする場合に有効であり、偽陽性をスクリーニング検査段階で除外でき、多くの無用な負担を避けることができる。

スクリーニング検査で陽性となった場合は確認検査を行う。抗体確認検査のウェスタンブロット(WB)法で典型的な陽性パターンを示す場合、HIV感染は確実であるが、判定保留または陰性であっても感染初期が疑われる場合は核酸増幅検査(NAT)を行う。WB法はスクリーニング検査法に比べ感度が低く、感染初期で抗体が弱陽性のケースや、抗体の陽転前で抗原陽性のケースではWB法で判定ができないため、NATが必要である。

HIV-1の感染初期の確認検査としてHIV-1 RNA定量検査が有効であり、長らくロシュ・ダイアグノスティックス社(ロシュ)のアンプリコアHIV-1モニター(アンプリコア)が使用されてきたが、アンプリコアは2009年末に販売中止となり、現在ではリアルタイムPCRを原理とするコバスTaqMan HIV-1(ロシュ)、アキュジーンm-HIV-1(アボット)が販売されている。これらは両方とも高価な専用装置が必要なため、公的検査・研究機関では導入が難しい。そのため、研究班では汎用リアルタイムPCR装置を用いたHIV-1 RNA定量法、KK-TaqManを開発し、今年度末改訂の「病原体検出マニュアル」に掲載予定である。

確認検査でHIV-1が否定されたケースについては、HIV-2の感染を考慮しなければならない。HIV-2のWB法で判定可能な場合は問題ないが、判定保留となった場合はHIV-1/2鑑別検査法のセロディア・HIV-1/2、あるいはぺプチラブ1,2を用いてHIV-2感染の有無を確認する。または最初のスクリーニング検査法とは異なるスクリーニング検査で再検査(追加検査)を行い、陰性であればHIV-2の感染は否定できる。すなわち、追加スクリーニング検査を実施することで、HIV-2の偽陽性の多くは除外することができる。鑑別検査でHIV-2陽性の場合や、陰性ではあるがHIV-2の感染初期が疑われる場合は、HIV-2遺伝子検査を実施することが望ましい。しかし、HIV-2の遺伝子検査法はいくつか報告されているが、感染初期を判定する方法として十分なバリデーションがなされていない。したがって、感染初期が疑われる例では、2週間以上経過後の再検査を勧め、HIV-2抗体価の上昇が認められれば、HIV-2陽性と判定できる。

日本で報告されたHIV-2感染例は現在のところ10例足らずで、HIV-1とHIV-2の重複感染例は報告されていない。HIV-1陽性者の中にはHIV-2抗原と強い交差反応を示す場合があり、HIV-2 WB法で判定できず、鑑別検査法でHIV-2が陽性のケースは稀ではあるが存在する。HIV-1/2重複感染の判定は慎重に行わなければならない。

以上のように、わが国では質の高い検査の機会が広く国民に提供されている。しかし、HIV感染者の早期発見に貢献してきた保健所等の検査は、2009年の新型インフルエンザの大流行の影響を受け、検査数は大幅に減少し、流行の治まった2010年も検査数はさらに減少し、2010年の検査数は2008年の26%減となった。しかしながら、陽性者数は5.6%減に過ぎず、陽性率は0.28%から0.36%に増加していた。同様の傾向が民間クリニックでの検査においても認められた。また、エイズ動向委員会の報告によると、2010年のAIDS患者数は469名で過去最高であった。つまり、検査数は減っているものの、感染者は増加しており、エイズを発症して初めて感染に気づく例が増加している。研究班ではMarkovモデルによりHIV感染者/患者数を推定し、新規感染者数を減少させるための目標として、今後5年間で検査数を50%増加することを提言している。感染の早期発見は個人の治療のみならず、社会全体の感染の拡大防止につながり、今後、検査体制の見直しおよび一層の充実が求められている。

神奈川県衛生研究所 近藤真規子 佐野貴子
田園調布学園大学  今井光信
慶應義塾大学医学部 加藤真吾

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