一方、その後も抗HIV薬の開発は進み、ART開始当初の逆転写酵素阻害薬とプロテアーゼ阻害薬に加え、現在ではインテグラーゼ阻害薬やCCR5阻害薬も選択できるようになっている。副作用や薬剤耐性の問題も少しずつ改善され、服薬回数や服薬錠数などに関しても飲みやすい薬が増えてきている。ARTを開始・継続するためのハードルは格段に低くなり、外来での治療もより安全に行えるようになってきているといえよう。
しかし、このようなARTによる予後改善の中で、診療現場では以前とは異なった様々な問題も生じてきている。本稿ではこれら最近の話題を取り上げて解説していくこととする。
長期合併症の問題
診療現場において、近年最も大きな話題となっているのは長期合併症の問題である。ARTによって長期予後が改善されてきた中、高脂血症、糖尿病、心血管疾患、肝疾患、骨疾患、慢性腎臓病、あるいは非エイズ関連腫瘍などの、以前は注目されていなかったような長期合併症が新たな問題となってきた。これまでの抗HIV薬の服薬アドヒアランスへの対応に加えて、様々な長期合併症を予防するための日常生活、あるいは早期発見や他科連携なども、長期予後を改善するための重要なポイントとなってきている。
抗HIV薬による治療目的の変化
これまでのARTでは、免疫を回復・維持させることで合併する日和見疾患の発症を予防することが大きな目標であった。しかし、長期合併症が予後に影響する因子として新たに注目され、HIV感染そのものが血管内皮機能に影響を与えているということも指摘されるようになっている1) 。
このような状況の中、長期的に起こってくる障害を少しでも回避するために、今まで以上に早く血中のウイルス量を抑制し、CD4数をより高く維持することが必要となってきたのである。
ARTの早期開始をすすめる大規模試験
今までは、抗HIV薬の長期副作用などの不利益が問題とされていたため、CD4数がある程度低下するまでART開始は待つという考え方で開始時期が決められてきた。しかし、HIV感染者の生命予後を改善するためにはAIDS発症を阻止するだけでは不十分であると考えられるようになり、予後を改善するためにはより早期の治療開始が必要であることを示すような大規模試験の結果が報告されてきている。
NA-ACCORD試験では、351〜500/μlの時点で治療を開始することで致死率が改善し、500/μl以上でも予後が改善することが報告された2) 。CASCADE試験では、CD4数が350〜499/μlでのAIDS発症および死亡のリスク低下は確かめられたものの、CD4数が500/μl以上での治療開始における利点を示すことはできなかった3) 。このCD4数500/μl以上での治療開始については、現時点でのガイドラインの推奨基準との無作為国際臨床試験(SRART試験)が行われており、その結果報告が待たれている。
早期治療開始を支持する新たな事実
最近、早期の治療開始を支持する新たな二つの知見が報告されてきている。その一つは抗HIV薬を投与することでパートナーへの感染を96%減少させたという報告(HPTN study 052)である4) 。これによって、ARTの早期治療開始がパートナーへの二次感染を予防する効果が示された。
もう一つの報告は、HIV感染症の進行が早まっている可能性について示唆するものである。以前はAIDS発症までの期間は数年から十数年といわれてきた。しかし最近、米国では新たに感染した患者のうち36%が1年以内にAIDSの指標疾患を発症したということが報告され、HIVの病原性が変化してきている可能性も示唆されている5) 。前述した大規模試験の結果に加えて、これら二つの新たな報告も、今後の早期治療への流れを加速する要因となるであろう。
早期診断の重要性
このように、最近は早期の治療開始が大きな話題となっており、近いうちにガイドラインも変更されていくことになるだろう。しかし一方、実際の診療現場においては、HIV感染症と診断される時点ですでに病気が進行してしまっている例が多い。
当院の調査結果では、2005〜2009年に当院初診となったHIV感染者459人のうち125人(27%)がAIDS発症してからの発見であった。たとえガイドラインで、より早期の治療開始が推奨されるようになっても、診断が遅れているのでは間に合わない。早期治療のためには、同時に早期診断もすすめていくことが必要である。そして、初診患者の77.5%が一般病院や診療所においてHIV感染症と診断され紹介されていた(図)。したがって、一般病院や診療所での診断力を高めることも今後のHIV診療のポイントとなるだろう。
おわりに
抗HIV薬による治療の進歩とともに、HIV感染症の予後は大きく改善した。そして現在は、より早期の治療開始によって、長期合併症への対策をすすめていくことが重要な課題となっている。その一方で、臨床現場において早期診断をすすめていくことも必要である。さらに、長期合併症に伴う他科診療、HIV感染者の高齢化をささえる地域医療などについても、しっかりと準備をすすめていかなければならない。
参考文献
1) Ehrenreich H, et al ., J Immunol 150(10): 4601-4609, 1993
2) Kitahara MM, et al ., N Engl J Med 360: 1815-1826, 2009
3) Funk MJ, et al ., 18th AIDS Conference 2010, July 18-23, Vienna, Abstract THLBB201
4) Prevention of HIV-1 Infection with Early Anti-retroviral Therapy, NEJM 365(6): 493-505, 2011
5) CDC, Case of HIV Infection and AIDS in the United States and Dependent Areas, 2007
(http://www.cdc.gov/hiv/surveillance/resources/reports/2007report/)
がん・感染症センター
都立駒込病院感染症科 今村顕史