愛知県で発生した乳児ボツリヌス症例
(Vol. 32 p. 299: 2011年10月号)

症例:10カ月、女児
主訴:なんとなく元気がない。ぐにゃぐにゃした状態が続く
既往・家族歴:特記事項なし
現病歴:1週間前から体全体に力が入らない感じになり、元気がないようにみえた。独座は可能であったが前のめりに倒れるようになった。便秘が重症化した。2011年6月、近医から紹介され受診し入院となった。ハチミツや井戸水の摂取はなかった。

診察所見:両側軽度眼瞼下垂、全身の低緊張が認められた。水平保持では軽度逆U字状態であった。引き起こし反応での頭部の後屈あり。座位保持は少し前傾姿勢で可能であった。腱反射は良好に出現した。その他の異常所見はみられなかった。

検査所見:
一般血液生化学検査:異常なし。抗アセチルコリンレセプター抗体 ≤ 0.2:陰性。髄液検査:細胞数 4/3、蛋白 21mg/dl:正常。脳MRI:正常。脳波:正常。アンチレックステスト陰性、改善反応なし:正常。神経電導速度検査では、右正中神経でMCV(運動神経伝導速度)は40 m/sで正常範囲内であったが、50Hz 50回の高頻度刺激で表面筋電図振幅の90%の増幅を認め、乳児ボツリヌス症でみられるシナプス前アセチルコリン放出障害が示唆された。

便検査:入院時に採取された便検体は岡崎市保健所を通じて、国立感染症研究所に輸送され検査が行われた。マウス法による検査で、翌日までに便中にボツリヌス毒素の存在が認められた。一方、便をクックドミート培地で培養した後の検査では、マウス法で培養上清からA型のボツリヌス毒素が検出され、また、PCRによって、培養沈渣からA型のボツリヌス毒素遺伝子が検出された。これらの結果から、患者便中にはA型のボツリヌス毒素とボツリヌス菌が陽性であると判定した。便から直接DNA 抽出(QIAGENキットで抽出、または便の懸濁沈渣を加熱処理)を行い、PCR検査も行ったが、ボツリヌス毒素遺伝子は検出できなかった。後日、便の培養液からA型毒素産生性のボツリヌス菌が分離され、毒素遺伝子のサブタイプはA1型だった(分離菌株はAichi2011株と命名された)。

入院後経過:経口摂取は良好で呼吸状態も安定していた。便秘に対しては適宜グリセリン浣腸が実施された。入院後1カ月で眼瞼下垂は消失し、座位保持は安定し、筋力の改善を認めたため退院した。退院後1カ月時にはつかまり立ちが可能になり、筋力はほぼ正常化した。

岡崎市民病院小児科・微生物検査室
加藤 徹 谷口顕信 長井典子 笹野正明
岡崎市保健所
土屋啓三 片岡 泉 犬塚君雄
国立感染症研究所細菌第二部
見理 剛 山本明彦 岩城正昭 加藤はる 柴山恵吾

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