2010/11シーズンのインフルエンザ分離株の解析
(Vol. 32 p. 317-323: 2011年11月号)

1.流行の概要
わが国における2010/11インフルエンザシーズンは、当初A(H3N2) ウイルスの分離・検出数が、パンデミックA(H1N1)2009 [WHOによりA(H1N1)pdm09と表記することになった]ウイルスを上回っていたが、2010年第49週以降はA(H1N1)pdm09が増加して優位を占めた。 A(H1N1)pdm09は2011年第3週をピークに減少し、第7週以降は再びA(H3N2) ウイルスの報告数がA(H1N1)pdm09を上回った。第12週以降はB型の報告数がA型の報告数を上回った。昨シーズンに続いて今シーズンも旧A(H1N1) (ソ連型)ウイルスは分離されなかった。

2010/11シーズン(2011年10月3日時点)の総分離・検出数11,956株における分離・検出比は、A(H1N1)pdm09が52%、A(H3N2)が32%、B型が15%であった。B型では分離株の9割以上がVictoria系統であった。

2.各亜型の流行株の抗原性解析
2010/11シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株〔A(H1N1)pdm09:3,805株、A(H3N2):2,319株、B:1,501株〕は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)からシーズン前に配布された抗原性解析用抗原抗体キット[A/California/7/2009(H1N1)pdm09、A/Brisbane/59/2007(H1N1)、A/Victoria/210/2009(H3N2)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)、B/Bangladesh/3333/2007(山形系統)]を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型・系統同定および初期抗原性解析が行われた。感染研では、これらの成績を感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で収集し、HI価の違いの比率が反映されるように選択した分離株(分離総数の約5〜10%に相当)および非流行期の分離株や大きな抗原性変化を示す分離株について地研から分与を受け、それらについてフェレット参照抗血清を用いて詳細な抗原性解析を実施した。

2-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
抗原性解析:国内では3,805株のA(H1N1)pdm09ウイルスが全国の地研で分離された。感染研ではこれらの国内および海外(台湾、韓国、ラオス)から収集した総数273株について、6〜7種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。

分離株のほとんどはワクチン株に選定されたA/California/7/2009(H1N1)pdm09に抗原性が類似していた。一方、HI試験で抗A/California/7/2009(H1N1)pdm09血清に対して8倍以上反応性が低下した変異株[A/Sapporo(札幌)/163/2011]が国内で3月に1株検出されたが、変異株が増える傾向はシーズンを通してみられなかった。1月のA(H1N1)pdm09ウイルスの分離・検出のピーク時以降には、継代培養を繰り返しても8HA/mlに満たないため、HI試験による抗原性解析を行えない株の検出報告(IASR 32:197-198, 2011)が相次いだ。これらのウイルスは、ヘマグルチニン(HA)遺伝子の進化系統樹上では、A197T置換を共通に持つグループに分類された。

遺伝子系統樹解析:国内外で分離されたすべてのA(H1N1)pdm09ウイルスはHA遺伝子にS203T置換を有していた。これらの分離株は2009/10シーズンに比べて遺伝子の多様化が進み、遺伝子系統樹上で7つのグループに区分された(図1)。国内株のほとんどはA197T置換を持つグループ7に属しており、さらにこの中でS143G置換を有するサブクレードが2010/11シーズンの主流であった。これら7グループのウイルスの間には抗原性の違いはなく、抗原的にはすべてワクチン株A/California/7/2009類似株であった。また、HI試験で8倍以上の抗原変異株[HAタンパクの抗原領域(Sa領域)153-157番目にアミノ酸置換を有する株]はS203Tクレード内に分散しており、特定の集団形成は認められなかった。また、ノイラミニダーゼ(NA)タンパクに薬剤耐性アミノ酸置換H275Yを有する株が散見されたが、特定の集団形成は認められなかった。

2-2)A(H3N2) ウイルス
抗原性解析:国内では2,319株のA(H3N2)ウイルスが全国の地研で分離された。感染研では国内および海外(中国、台湾、韓国、ラオス、モンゴル、ミャンマー)から収集した 237株について、8〜9種類のフェレット感染血清を用いたHI試験で抗原性解析を行った。解析した分離株のすべてが、わが国で採用されたワクチン株A/Victoria/210/2009およびWHOのワクチン推奨株A/Perth/16/2009類似株であり、4倍程度の反応性の低下が認められた株はそのうちの9%であった。8倍以上反応性の低下した変異株は認められなかった。

遺伝子系統樹解析:A(H3N2)分離株は、HAタンパクにE62K、N144Kのアミノ酸置換を持つA/Perth/16/2009株、A/Victoria/210/2009株およびA/Niigata(新潟)/403/2009株で代表されるPerth/16クレードと、T212Aアミノ置換を持つA/Victoria/208/2009 株、A/Brisbane/11/2010株およびA/Shizuoka(静岡)/736/2009株で代表されるVictoria/208クレードの2つに大別された(図2)。Perth/16クレードとVictoria/208クレードは遺伝子系統樹上では明確に区別されるが、抗原性に差は認められなかった。流行の主流であるVictoria/208クレードはさらに5つのサブクレードに分かれ、国内分離株はサブクレード4(N312S)、5および6(D53N、Y94H、I230V、E280A)に属した。また、Perth/16クレード内のサブクレード1(I260M、R261Q)に属する株も検出された。今シーズンのA(H3N2)ウイルスはPerth/16クレードとVictoria/208クレードのウイルスが混合流行していた。なお、中国からは、Perth/16類似株とは抗原性が異なり、L157Sアミノ酸置換を持つA/Hunan-Beihu/1313/2009 株で代表されるクレード(HK2000)が少数ながら分離報告されているが、国内ではこのクレードに属する株は今シーズンは検出されなかった。

2-3)B型ウイルス
抗原性解析:B型インフルエンザウイルスには、B/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統とB/Yamagata(山形)/16/1988に代表される山形系統がある。2010/11シーズンの国内分離株は1,501株で、内訳はVictoria系統98%、山形系統2%であり、Victoria系統が優位を占めていた。海外諸国においてもVictoria系統が大半を占めたが、例外的に中国北部地域においてはインフルエンザが終息する5月までは山形系統が主流であった。感染研では国内および海外(中国、台湾、ラオス)から収集した分離株のうち、Victoria系統の222株については7〜9種類のフェレット感染血清を用いて、また、山形系統の65株については7〜10種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を実施した。

その結果、B型の主流であったVictoria系統分離株は、97%がワクチン株であるB/Brisbane/60/2008と抗原性が類似していた。一方、極めて少数ながら国内で分離された山形系統株は、3シーズン前から参照株となっているB/Bangladesh/3333/2007のフェレット感染血清とよく反応する分離株は少なく、今シーズンの山形系統の代表株であるB/Wisconsin/1/2010抗血清とよく反応する分離株が大半であった。また、これら山形系統の分離株の抗原性は、2008/09シーズンのワクチン株B/Florida/4/2006からは大きく異なっていた。

遺伝子系統樹解析:Victoria系統では、ほとんどの株がHAタンパクにN75K、N165K、S172Pアミノ酸置換を持ち、B/Brisbane/60/2008株およびB/Sakai(堺)/43/2008株で代表されるBrisbane/60クレードに属していた(図3)。このBrisbane/60クレードは、さらにグループ 1(L58Pアミノ置換を特徴とする)とグループ 2に分かれた。国内分離株は主にグループ 1に属し、海外株は主にグループ 2に属していた。また、B/Brisbane/60/2008類似株群とは抗原性が大きく異なる小グループの一つに、T37Iアミノ酸置換を持つB/Taiwan(台湾)/55/2009クレード(CL5)がある。このクレードに属する株は散発的に継続して分離された。

山形系統では、すべての株がB/Bangladesh/3333/2007株で代表されるクレード3に属していた(図4)。クレード3の中ではさらに3つのサブクレードが形成されており、分離株の多くは、B/Hubei-Wujiagang/158/2009株、B/Wisconsin/1/2010株およびB/Sakai(堺)/68/2009株で代表株されるN202Sを持つサブクレードに属していた。山形系統には他に2つのクレードがあるが、国内では検出されていない。

3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状
3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
国内ではインフルエンザの治療には、ウイルスNAタンパクを標的とするオセルタミビル(商品名タミフル)およびザナミビル(商品名リレンザ)が広く使用されている。世界各国で分離されているA(H1N1)pdm09ウイルスのほとんどは両薬剤に感受性であるが、NAに特徴的なアミノ酸置換(H275Y)を持つオセルタミビル耐性株が散発的に検出されている。

日本は世界最大の抗インフルエンザ薬使用国であることから、薬剤耐性株の検出状況を迅速に把握し、自治体および医療機関に情報提供することは公衆衛生上重要である。そのため、感染研では全国の地研と連携し、2009年9月からオセルタミビルおよびザナミビルに対する耐性株サーベイランスを実施してきた。2010年には新たにペラミビル(商品名ラピアクタ)およびラニナミビル(商品名イナビル)の国内販売が開始されたため、2010/11シーズンからはペラミビルおよびラニナミビルを加えた4薬剤に対する耐性株サーベイランスを実施した。

日本国内における抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスでは、各地研がNA遺伝子の遺伝子解析を担当し、H275Y耐性変異の検索による一次スクリーニングを行った。H275Y耐性変異の検索には、NA遺伝子の部分シークエンス法に加え、2010/11シーズンから簡便なAllele-specific RT-PCR法が新たに導入された。一方、感染研インフルエンザウイルス研究センター第一室では表現型解析を主に担当し、オセルタミビル、ペラミビル、ザナミビルおよびラニナミビルの4薬剤に対する薬剤感受性試験を実施した。

2010/11シーズンにはA(H1N1)pdm09国内株3,805株について解析を行った。その結果、H275Y耐性変異をもつオセルタミビル耐性株が78株検出され、検出率は2.0%であった(http://idsc.nih.go.jp/iasr/graph/tamiful10-11.gif)。2009/10シーズンの耐性株検出率は1.0%(http://idsc.nih.go.jp/iasr/graph/tamiful09-10.gif)であり、わずかながら増加の傾向が認められるため、今後の動向に注意が必要である。

すべてのオセルタミビル耐性株はペラミビルに対して交叉耐性を示したが、ザナミビルおよびラニナミビルに対しては感受性を保持していた。検出されたオセルタミビル/ペラミビル耐性株の大半は散発例で、オセルタミビルあるいはペラミビルの治療または予防投与例から主に検出されており、ヒトからヒトへの感染伝播は限局した事例を除いて確認されていない。

さらに2010/11シーズンに東アジア6カ国(中国、韓国、ラオス、モンゴル、ミャンマー、台湾)で分離されたA(H1N1)pdm09ウイルス29株について薬剤感受性試験を行った結果、いずれも4薬剤に対して感受性であり、耐性株は検出されなかった。また、国内外で分離されているA(H1N1)pdm09ウイルスはM2阻害薬であるアマンタジンおよびリマンタジンに対して耐性を示すことが報告されており、M2遺伝子解析を行った110株のすべてがアマンタジン耐性変異(S31N)を持っていた。

3-2)A(H3N2) ウイルス
国内で分離されたA(H3N2) ウイルス122株および東アジア5カ国(中国、韓国、ラオス、モンゴル、台湾)で分離された89株について、4薬剤に対する薬剤感受性試験を行った。その結果、日本のオセルタミビル治療投与例からR292K耐性変異をもつオセルタミビル/ペラミビル耐性株が1株検出された(表1)。検出されたオセルタミビル/ペラミビル耐性株はザナミビルに対する感受性がわずかに低下していたが、ラニナミビルに対しては感受性を保持していた。また、M2遺伝子解析を行った99株すべてがアマンタジン耐性変異(S31N)を持っていた。

3-3)B型ウイルス
国内で分離されたB型ウイルス122株および東アジア4カ国(中国、ラオス、ミャンマー、台湾)で分離された110株について、4薬剤に対する薬剤感受性試験を行った。I221T変異を持ち4薬剤すべてに対する感受性が低下した耐性株1株が中国分離株から検出された。

4.2010/11シーズンのワクチン株と流行株との一致性の評価
各シーズンのインフルエンザワクチン株の選定は、上記のように国内外の流行株の抗原性および遺伝子進化系統樹解析による流行株動向把握と、それに基づく次シーズンの流行株予測、さらに前年度のワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の解析、および流行前のワクチン株に対する国民の抗体保有調査の結果(http://idsc.nih.go.jp/yosoku/Flu/2010Flu/Flu10_2.html)に基づいてなされ、さらに、次シーズンワクチン製造候補株の適性(孵化鶏卵での増殖効率および継代による抗原性、遺伝子の安定性など)などを総合的に評価して検討される。また、国内ワクチン株選定の時期は、2月にWHOによって決定される北半球向け推奨株を参考にして、3月末までに選定され、厚生労働省(厚労省)医薬食品局長により5〜6月までに正式に決定される。従って、ワクチン株の選定は、実際のインフルエンザの流行が始まる6〜7カ月前までの成績に基づいて行われている。ウイルス株サーベイランスはWHO世界インフルエンザ監視対応システム(GISRS)により、地球規模で実施されるように改善されてきたため、流行予測精度が過去に比べて飛躍的に向上したが、流行予測を早い時期に行わざるを得ないため、ワクチン株と流行株が結果的に一致しない場合がある。このような背景を踏まえて、2010/11シーズンのワクチン株と実際の流行株との抗原性の一致状況について評価した。

わが国における2010/11シーズン用のインフルエンザワクチン株は、例年と同じ検討を経て、2010年3月下旬に感染研においてA/California/7/2009(H1N1)pdm09、A/Victoria/210/2009(H3N2)(A/Perth/16/2009類似株)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)の3株が選定されて厚労省に報告され、その後、2010年7月9日付けで厚労省により決定されて公表された(IASR 31: 235, 2010)。なお、旧A(H1N1)(ソ連型)ウイルスは、A(H1N1)pdm09の出現以降は全く検出されなくなったことから、この季節性ウイルスのワクチン株は選定されなかった。

2010/11シーズンは分離・検出総数の約半分をA(H1N1)pdm09ウイルスが占めた。解析されたA(H1N1)pdm09分離株の99%は、ワクチン株A/California/7/2009(H1N1)pdm09に類似しており、この傾向はシーズンを通じて変わらなかった。従って、このシーズンに流行したA(H1N1)pdm09ウイルス株の抗原性は、ワクチン株と一致していた。

A(H3N2)ウイルスは、A(H1N1)pdm09ウイルスに次いで多く分離・検出され、その総数の約3割を占めた。分析されたA(H3N2)分離株のすべては、ワクチン株A/Victoria/210/2009に類似していた。従って、2010/11シーズンに流行したA(H3N2)ウイルス株の抗原性は、ワクチン株とよく一致していた。

B型ウイルスは、2010/11シーズンも先の2シーズンと同様にVictoria系統が主流であり、解析されたVictoria系統流行株の97%は、ワクチン株B/Brisbane/60/2008と抗原性が一致していた。

以上のように、2010/11シーズンに流行したインフルエンザウイルス株のほとんどは、それぞれのワクチン株と抗原性がよく一致していた。従って、2010/11シーズン用ワクチン株の選定は適正であったと判断された。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研との共同研究として行われた。また、ワクチン株選定にあたっては、ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために、特定医療法人原土井病院臨床研究部・池松秀之部長(現九州大学先端医療イノベーションセンター臨床試験部門長)、新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授、新潟青陵大学看護福祉心理学部・鈴木宏教授からの協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC、英国立医学研究所、豪WHO協力センター、中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、残りの成績は既にNESIDの病原体検出情報で毎週各地研に還元された。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

国立感染症研究所
インフルエンザウイルス研究センター第一 室・WHOインフルエンザ協力センター
岸田典子 高下恵美 藤崎誠一郎 徐 紅 伊東玲子 土井輝子 江島美穂 金 南希
菅原裕美 佐藤 彩 今井正樹 小田切孝人 田代眞人
国立感染症研究所病原体ゲノム解析センター
本村和嗣 横山 勝 柊元 巖 佐藤裕徳
独立行政法人製品評価技術基盤機構
小口晃央 山崎秀司 藤田信之
地方衛生研究所インフルエンザ株サーベイランスグループ

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