2010/11シーズン前のインフルエンザ抗体保有状況−2010年度感染症流行予測調査より
(Vol. 32 p. 323-326: 2011年11月号)

はじめに
感染症流行予測調査事業は厚生労働省健康局結核感染症課を実施主体とする予算事業であり、健康局長通知に基づいて、全国の都道府県と国立感染症研究所が協力して毎年度実施している。そのうちのインフルエンザ感受性調査は、インフルエンザの本格的な流行が始まる前にインフルエンザに対する国民の抗体保有状況を把握し、抗体保有率が低い年齢層に対する注意喚起ならびに今後のインフルエンザ対策における資料とすることを目的としている。

対象と方法
2010年度の調査は、北海道、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、富山県、石川県、福井県、山梨県、長野県、静岡県、愛知県、三重県、京都府、山口県、愛媛県、高知県、佐賀県、宮崎県の24都道府県から各 225名、合計 5,400名を対象として実施された。インフルエンザウイルスに対する抗体価の測定は、対象者から採取された血液(血清)を用い、調査を実施した都道府県衛生研究所において赤血球凝集抑制試験(HI法)により行われた。採血時期は原則として2010年7〜9月(インフルエンザの流行シーズン前かつワクチン接種前)とした。また、HI法に用いたインフルエンザウイルス(測定抗原)は以下の4つであり、このうち(1)〜(3)は2010/11シーズンのインフルエンザワクチン株として選ばれたウイルス、(4)はワクチン株とは異なる系統のB型インフルエンザウイルスである。

 (1) A/California/7/2009 [A(H1N1)pdm09亜型]
 (2) A/Victoria/210/2009[A(H3N2) 亜型]
 (3) B/Brisbane/60/2008[B型(ビクトリア系統)]
 (4) B/Florida/4/2006[B型(山形系統)]

結 果
2010年度の調査は合計で6,656名(B型山形系統のみ6,655名)の対象者について結果が報告された。年齢群別の対象者数は、0〜4歳群:772名、5〜9歳群:625名、10〜14歳群:729名、15〜19歳群:564名、20〜24歳群:413名、25〜29歳群:549名、30〜34歳群:563名(B型山形系統のみ562名)、35〜39歳群:475名、40〜44歳群:399名、45〜49歳群:403名、50〜54歳群:344名、55〜59歳群:311名、60〜64歳群:338名、65〜69歳群:92名、70歳以上群:79名であった。

測定抗原別の年齢群別インフルエンザHI抗体保有状況を図1に示した。なお、本稿における抗体保有率とは、感染リスクを50%に抑える目安と考えられているHI抗体価1:40以上の抗体保有率を示し、抗体保有率が60%以上を「高い」、40%以上60%未満を「比較的高い」、25%以上40%未満を「中程度」、10%以上25%未満を「比較的低い」、5%以上10%未満を「低い」、5%未満を「きわめて低い」と表した。

A(H1N1)pdm09亜型図1左上)に対する全体の抗体保有率は40%であり、年齢群別では10〜14歳群(65%)と15〜19歳群(64%)の抗体保有率が高く、5〜9歳群(56%)と20〜24歳群(54%)は比較的高い抗体保有率であった。また、25歳から49歳の各年齢群では中程度の抗体保有率(29〜39%)であり、0〜4歳群および50歳以上の各年齢群の抗体保有率は比較的低かった(12〜24%)。

A(H3N2) 亜型図1右上)に対する抗体保有率は、15〜19歳群で最も高かった(62%)。また、0〜4歳群(22%)を除くすべての年齢群で中程度以上の抗体保有率を示し、5〜9歳群(50%)、10〜14歳群(45%)、20〜24歳群(51%)、25〜29歳群(43%)、70歳以上群(42%)では比較的高い抗体保有率であった。全体の抗体保有率は40%であった。

B型ビクトリア系統図1左下)に対する抗体保有率は35〜39歳群が最も高く(61%)、25〜29歳群(45%)、30〜34歳群(50%)、40〜44歳群(50%)および45〜49歳群(42%)では比較的高かった。また、10歳から24歳および50代の各年齢群、70歳以上群では中程度の抗体保有率(26〜36%)であったが、10歳未満および60代の各年齢群は25%未満の抗体保有率であり、特に0〜4歳群の抗体保有率は低かった(9%)。全体の抗体保有率は33%であった。

B型山形系統図1右下)に対する全体の抗体保有率は、4つの測定抗原中最も低く27%であった。年齢群別では20〜24歳群の抗体保有率が高く(64%)、15〜19歳群(52%)と25〜29歳群(43%)は比較的高かった。また、10〜14歳群、30歳から49歳の各年齢群の抗体保有率は中程度(27〜33%)であったが、その他の年齢群の抗体保有率は25%未満であった。特に65〜69歳群の抗体保有率は低く(5%)、0〜4歳群ではきわめて低い抗体保有率であった(3%)。

図2にA(H1N1)pdm09亜型のA/California/7/2009に対する抗体保有状況について前年度(2009年度)との比較を示した。

2009年度の調査(主に2009年7〜9月に採取された血清を使用)では、インフルエンザ(H1N1)2009(※2010年度までの呼び方は新型インフルエンザ)の国内における発生初期の流行状況や過去に抗原性が類似したウイルス感染の影響が推定される抗体保有状況であり、高校生世代の15〜19歳群および80歳以上群の抗体保有率は他の年齢群と比較して高かった。インフルエンザ(H1N1)2009の発生から約1年経過後の2010年度の調査結果について2009年度と比較すると、80歳以上群を除くすべての年齢群で抗体保有率は高くなり、特に5〜9歳群(55ポイント)、10〜14歳群(62ポイント)、20〜24歳群(43ポイント)、25〜29歳群(40ポイント)では40ポイント以上高くなっていた。

感染症流行予測調査では、感受性調査の対象者における予防接種歴や罹患歴の情報も収集しており、それらの情報から得られた罹患歴別・接種歴別のA/California/7/2009に対する抗体保有状況について図3に示した。

罹患歴(2009年5月〜採血日における「インフルエンザ(季節性を除く)」の1回以上の罹患の有無)および接種歴(2009年10月〜採血日における「A型インフルエンザHAワクチン(H1N1株)」の1回以上の接種の有無)の両方の情報が得られた対象者は 3,876名であり、罹患歴/接種歴が「あり/あり」の者は89名、「あり/なし」の者は388名、「なし/あり」の者は1,313名、「なし/なし」の者は2,086名であった。各群の抗体保有率は、「あり/あり」79%(95%信頼区間:70〜87%)、「あり/なし」84%(80〜88%)、「なし/あり」49%(47〜52%)、「なし/なし」22%(20〜24%)であり、前者2群の抗体保有率は後者2群と比較して統計学的に有意に高かった(p<0.001: Fisher's exact test)。また、「なし/あり」と「なし/なし」の両群の抗体保有率についても統計学的有意差が認められた(p<0.001: Fisher's exact test)。

考 察
A型インフルエンザに対する抗体保有率は、5〜9歳群から20代前半の年齢群で他の年齢群と比較して高かったが、この傾向は毎年みられている。おそらく、これらの年齢群では学校等で集団生活を過ごすことによりインフルエンザウイルスに曝露される頻度が高く、流行の影響を反映していることが考えられた。一方、B型についてはビクトリア系統、山形系統ともに、成人層である35〜39歳群と20〜24歳群に抗体保有率のピークがみられ、A型とは異なる結果であった。この理由については明らかでなく、過去の流行状況等と合わせて総合的に検討する必要がある。

2009/10シーズンにおけるインフルエンザ患者の定点当たり累積報告数は、インフルエンザ患者サーベイランスが開始された1987/88シーズン以降最大の約412人であり、その流行の主流はA/California/7/2009類似株によるものであった(分離株の約98%を占めた)1) 。定点医療機関からの報告数をもとにしたインフルエンザ推計受診患者数(2009年第28週〜2010年第10週の暫定値)において2) 、全体の約半数を占めた5〜9歳群(25%)および10〜14歳群(23%)は、2010年度の抗体保有率が2009年度と比較して大きく上昇した年齢群であり、流行の影響を強く反映していることが推測された。その他の年齢群においても推計受診患者数の割合と抗体保有率上昇の傾向は類似していたことから(図4)、流行の影響が推測されるが、同シーズンにおける予防接種状況も含めた今後の検討が必要である。

罹患歴別・接種歴別の抗体保有状況について、罹患歴あるいは接種歴のいずれかが「あり」の群は両方とも「なし」の群と比較して統計学的な有意差がみられ、これは罹患や予防接種による抗体獲得の結果と考えられる。しかし、罹患歴が「あり」の2群は接種歴のみ「あり」の群と比較して抗体保有率は有意に高かった。これは罹患によるものの方が高い抗体価を獲得したためと考えられる。従来、インフルエンザワクチン接種後の抗体持続は半年程度といわれていることから、前のシーズンに受けたワクチン接種による抗体反応が採血時点では減衰していたと考えられる。また、大阪府の高校生を対象とした血清疫学調査(抗体価は中和試験で測定)において、抗体価1:160以上を示した者のうち、無症状であった18%は不顕性感染の可能性が報告されているが3) 、本調査における罹患歴、接種歴ともに「なし」の群で認められた抗体保有についても、典型的なインフルエンザの症状が認められなかったものと考えられた。

最後に、本調査にご協力いただいた都道府県衛生研究所ならびに保健所、医療機関の先生方をはじめ、関係機関の皆様に深謝申し上げます。

 参考資料
1) IASR 31: 248-250, 2010
2) IDWR 12(10): 10-15,2010
3) 新型インフルエンザの発生動向〜医療従事者向け疫学情報〜 Ver.2,大阪府の私立高等学校における血清疫学調査結果について
 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/091225-01.pdf

国立感染症研究所感染症情報センター 佐藤 弘 多屋馨子 岡部信彦
同インフルエンザウイルス研究センター 岸田典子 伊東玲子 菅原裕美 小田切孝人
2010年度インフルエンザ感受性調査実施都道府県:北海道 山形県 福島県 茨城県 栃木県
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