糞便由来検体から分離・検出されたインフルエンザウイルスの症例―横浜市
(Vol. 32 p. 328-330: 2011年11月号)

2009年に発生したA(H1N1)pdm09ウイルスは発生初期において嘔吐や下痢の胃腸炎症状が25%と報告され、呼吸器症状以外にも注目された1) 。国内では秋口から本格的な流行となったが、ノロウイルスの流行が始まる時期と重なっていたため、通常の胃腸炎起因ウイルスの検査も行っていた。この中でノロウイルス陰性であった検体についてインフルエンザウイルスの遺伝子検査を試みたところ、A(H1N1)pdm09ウイルスのHA遺伝子にわずかに反応する検体があった。そこで糞便由来検体についてもインフルエンザ検査を実施し、ウイルス分離を試みた。2009/10シーズンと2010/11シーズンの糞便由来検体について、インフルエンザウイルス遺伝子検査と分離培養の結果を報告する。

インフルエンザウイルスの検査は国立感染症研究所の「病原体検出マニュアルH1N1新型インフルエンザ(2009年9月ver.2)」に従ったリアルタイムRT-PCR法とMDCK細胞を用いた分離培養を並行して行った。培養に用いた糞便由来検体は抗菌薬添加の5%BSA輸送培地で10%乳剤を作製後、さらに100倍〜1,000倍に希釈し細胞に接種した。34℃ 30分間 5%CO2インキュベーター内で吸着後上清を取り除き、トリプシン添加維持培地(最終濃度2.5μg/ml)を加え7日間培養した。分離したウイルスのコンタミネーションの確認は再分離を実施し、再現できなかった株はHA遺伝子をシークエンスし、同プレートで分離した株と塩基配列に違いがあることを確認した。また、A(H1N1)pdm09ウイルスについては栄研化学のLAMP法を用い、ターゲット遺伝子が異なる検査法も併用した。

2009/10シーズンの分離・検出事例
横浜市定点指定医療機関等で2009年6月〜2010年5月までに搬入された糞便検体46検体(うち1検体は同一患者の咽頭ぬぐい液あり)のうち、11検体(24%)でA(H1N1)pdm09ウイルスが分離・検出された(表1)。陽性となった患者の臨床診断はウイルス性胃腸炎3名、感染性胃腸炎3名、ロタウイルス胃腸炎2名、急性胃腸炎1名、下痢・発熱1名、インフルエンザ1名であった。このうちインフルエンザ患者1名の発症1日目の糞便検体および鼻咽頭ぬぐい液からA(H1N1)pdm09ウイルスが分離された。この症例は継続的に検体採取できたことから、発症2日目の咽頭検体と糞便検体および発症4、6、8日目の糞便検体について、各病日のウイルスRNA量を定量し、推移を調べた。糞便検体中のウイルスRNA量の変化は4.9×104、4.5×104、1.6×104、8.2×103 copy/gと推移し、発病から6日目までA(H1N1)pdm09ウイルス遺伝子が確認された(表2および図1)。咽頭および糞便から分離されたウイルスについてHA遺伝子990bpの塩基配列を比較したところ、100%同一で、塩基の置換はみられなかった。また、分離ウイルスのレセプター特異性について、Neu5Acα2-3GalまたはNeu5Acα2-6Galを含むシアログリコポリマーへウイルスを結合させ、結合したウイルスのシアリダーゼ活性を測定したところ、いずれもヒト型レセプター(Neu5Acα2-6Gal)を認識した。

2010/11シーズンの分離・検出事例
2010年6月〜2011年5月までに搬入された糞便検体42検体のうち、A(H1N1)pdm09ウイルスの遺伝子が6検体から検出され、B型ウイルスが1検体から分離された(表3)。陽性となった患者の臨床診断はウイルス性胃腸炎4名、急性胃腸炎2名、感染性胃腸炎1名であった。B型ウイルスが分離されたのは急性胃腸炎患者の直腸ぬぐい液からであった。遺伝子検査でA(H1N1)pdm09ウイルスが検出された6検体は腸管系ウイルスが検出されており、これらのウイルスが主な原因であったと考えられた。季節性インフルエンザのうち、B型については胃腸炎症状を伴う症例を多く経験していたので、インフルエンザ型別の胃腸炎症状について調べた。過去5シーズンのインフルエンザ確定患者で胃腸炎症状があった割合はB型11%(鼻咽頭検体205件中23件)、AH3亜型11%(同227件中25件)、A(H1N1)pdm09亜型8.8%(同388件中34件)、AH1亜型3.7%(同214件中8件)であり、AH1亜型以外のウイルスでは、ほぼ10%前後に胃腸炎症状がみられた(図2)。

横浜市では12の病原体定点医療機関(小児科9定点、内科3定点)から、隔週に鼻咽頭ぬぐい液または糞便検体をそれぞれ最大3検体採取し、各種病原体検索を行っている。インフルエンザウイルスの検査では、糞便由来検体についてこれまで分離・検出は試みていなかった。その理由としては、糞便中の細胞毒性や細菌・かび等の増殖でMDCK細胞の培養が維持できないことがあげられる。また、エンベロープをもった呼吸器系ウイルスは胃酸や腸内の蛋白分解酵素で感染性がなくなると考えられ、糞便由来検体は腸管系ウイルスの検索のみを行ってきたのが現状である。今回分離したウイルスは上気道で増殖したウイルスが胃腸を通過したものなのか、腸管内で増殖が可能であったのか不明であるが、どちらの可能性も否定できないことから、ヒト腸管におけるウイルスレセプターの解析や咽頭および糞便由来ウイルスのさらなる解析が必要と考える。

糞便検体からの分離・検出については、2009年にA(H1N1)pdm09ウイルス遺伝子の検出やウイルス分離報告がされている2) 。また、季節性インフルエンザウイルスについても2010年に小児での分離例が報告されており3,4) 、感染源として十分に注意が必要であると思われる。

謝辞:分離株のレセプター特異性の測定をしていただきました中部大学・生命健康科学部の鈴木康夫先生に深謝いたします。

参考文献
1) Novel Swine-Origin Influenza A (H1N1) Virus Investigation Team, N Engl J Med 360: 2605-2615, 2009
2) Kelvin KW To, et al ., J Med Virol 82: 1-7, 2010
3) Dilantika C, et al ., BMC Infectious Diseases 10: 3, 2010
4) Tamura D, et al ., Pediatr Infect Dis J 29: 578-579, 2010

横浜市衛生研究所検査研究課 川上千春 宇宿秀三 百木智子 七種美和子
前横浜市衛生研究所 蔵田英志 高野つる代

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る