2010年4〜7月にかけて東京都江戸川区で百日咳の地域流行が発生した。流行は区内の小・中学生を中心に発生し、複数の小学校(4校)と中学校(1校)から菌分離陽性例が認められた。ここでは流行の概要を述べるとともに、分離菌の細菌学的特性について報告する。
流行の概要
2010年4月、江戸川区A小学校の校医が学校内科検診時に激しく咳き込む児童が多いことに気づき、養護教諭からも咳嗽者が多いという指摘を受けた。直後より同校児童が校医のMクリニックを受診するケースが増え、その2週間後から他校(幼稚園1、小学校8、中学校3)の児童・生徒の受診も増加した。B小学校(児童数 725名)では5月中下旬に発症者の増加が認められ、発症者(32名)の多くが高学年の児童であった。B小学校以外ではその兄弟が通学するA中学校に発症者が多く認められ、Mクリニックでの確定診断例は29人、性別比は男15人/女14人、平均年齢は9.4±4.3歳であった。患者の臨床像は、長引く咳、夜間の咳き込みであり、乳幼児に典型的な臨床症状(吸気性笛声、痙咳発作)を認めなかった。なお、B小学校におけるDPTワクチン接種率は1期3回終了者が96%、追加接種終了者は80%であった。発症者へはマクロライド系抗菌薬の投与が行われるとともに、区役所ホームページおよび学校広報により百日咳に対する注意喚起が行われた。8月以降、新規の発症者は認められず、流行は終息したものと判断された。
臨床分離株の解析
Mクリニックでは菌培養検査を民間検査会社(BML)に依頼し、百日咳疑い患者58名のうち15名(26%)から百日咳菌を分離した。国立感染症研究所ではBMLに保存されていた百日咳臨床分離株8株を入手し、分離菌の遺伝子型(PFGE、MLVA、MLST)を解析した。その結果、8株中7株が等しいPFGEパターンと遺伝子型(MLVA186、MLST1)を示し、残り1株は7株とは異なるPFGEパターンと遺伝子型(MLVA27、MLST2)を示した(図1、表1)。MLVA186型は国内で最も高い頻度で臨床分離される菌型であり、MLVA27型はMLVA186型に次いで分離頻度の高い菌型であった。MLVA186型には定着因子パータクチン(Prn)を欠損する菌株が認められており、今回臨床分離された7株もPrnを欠損する株であった。以上の結果から、江戸川区で地域流行を引き起こした百日咳菌は国内臨床分離株として一般的なものであり、今回の地域流行は菌側の要因、例えば病原性や抗原性の変化が関与する可能性は低いと考察された。
百日咳は乳幼児が感染する呼吸器感染症と位置付けられていたが、近年では世界的に青年・成人患者の増加が認められている。ワクチン予防可能疾患である百日咳は乳児期に百日せきワクチンの接種(I期3回、追加接種1回)が行われているが、その免疫持続期間は4〜12年と見積もられている。そのため、小学生から免疫効果が減弱し始め、高校生になると免疫は消失すると考えられる。今回の地域流行では小学校高学年から中学生を中心に発症者が認められたことから、これらの世代は百日咳の感受性者であることが再認識された。今回、小学校での感染拡大が家族内感染を引き起こし、さらに兄弟のいる中学校へと感染が拡大した。免疫が減弱した小・中学生は百日咳の感受性者となることに注意が必要である。
みやのこどもクリニック 宮野孝一
国立感染症研究所細菌第二部
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