パンソルビン・トラップ法による食品からのウイルス検出法
(Vol. 32 p. 355-357: 2011年12月号)

1997(平成9)年に食品衛生法の中に初めてウイルスが登場し、ウイルス性食中毒という概念が確立したのは、歴史の一つの節目と言える。しかし一方で、カキ以外の一般的な食品からウイルスを検出する方法として、一応の標準としてポリエチレングリコール(PEG)沈澱法が存在していたものの、手探りの状態が続いてきた。そこで2007(平成19)年から厚生労働科学研究費補助金(食品の安心・安全確保推進研究事業)による研究の一環として、食品中のウイルスを検出するための実践的手法の開発に関する研究がスタートした。その結果、固形、液状、練り物、油物などの多種・多様な食品からノロウイルス(NoV)に代表される食中毒起因ウイルスを検出することができるパンソルビン・トラップ法(パントラ法)を開発し、ルーチンの食品検査として実施可能な段階に達してきたため、本稿にてその概要を紹介する。なお、パンソルビンとは黄色ブドウ球菌をホルマリン固定・熱処理したもので、メルク社から製造・販売されているが、相当品を自作することも可能である。

糞便検体と違って、食品検体の場合は含まれるウイルス量が極めて少ない(広く拡散した状態)ため、何らかの濃縮手段が必要となる。しかし、食品検体を適当な緩衝液に懸濁して乳剤とした場合、その量は少なく見積もっても50mL程度になる。一方、PCRで用いる検体(RNA抽出液)は50μl程度であり、1,000倍に相当する減量濃縮が必要である。食品検体の質的な問題に目を向けると、表面が平滑な固形食品では、緩衝液で洗滌することで、比較的濁質の少ない形でウイルスを回収できる可能性がある。しかし、ほとんどのケースでは遠心後も上清は濁ったままであり、フィルターを用いたろ過では目詰まりを起こしてうまくいかない。この状態でPEG沈澱法を用いると、ウイルスとは無関係の大量の沈澱が生じて手に負えないことが多い。さらに、PEG沈澱法では原則として一夜放置の工程が必要であり、その後10,000rpm程度の遠心によって沈澱を回収しなければならない。しかし、50mlの容量を10,000rpmで遠心するには高速冷却遠心機のような大型機器を必要とし、遠心チューブも専用品を用いるようになっている。こうした専用遠心チューブはディスポーザブル使用を前提としていないため高価であり、洗って再利用するのはPCRを行う関係上不安が残る。また、一般に”抽出キット”として市販されている試薬は 0.2ml程度の検体量を想定して作られているため、50mlの食品乳剤をそのまま適用するのは困難である。

パントラ法の基本原理は、食品乳剤中にウイルスに対する抗体を添加することにより、抗原抗体複合体を形成させ、それを黄色ブドウ球菌表面のプロテインAに吸着させることで、菌体とともにウイルス粒子を沈澱・回収することである。最大の特長は、食品乳剤が濁ったままでよいという点にある。最初に食品を50mlの緩衝液に懸濁した後で3,000rpm、30分の遠心を行うが、このとき用いる遠心機は一般の検査室にある普通のものであり、チューブもプラスチックのディスポーザブル製品である。この遠心条件で沈澱する固形物だけを除去しておけば、上清は濁っていてもかまわない。その後、抗体とパンソルビンを添加して再び3,000rpm、20分の遠心を行うが、この条件で沈澱する食品由来の固形成分はすでに最初の遠心の際に除去されているため、結果としてウイルス粒子を吸着した黄色ブドウ球菌だけが沈澱してくる。この段階で上清は濁ったままであることが多いが、ウイルス粒子は菌体と一緒に沈澱物の方に移行しているため、上清は捨ててよい。沈澱した菌体を少量の緩衝液で再懸濁してから市販のキットを用いてRNA抽出を行えば、50mlの食品乳剤から50μlのPCRスケールのRNA溶液まで、効率良く減量濃縮できることになる。添加する抗体として、開発時にはGII/4型のNoVウイルス様粒子(VLPs)を免疫して作製したウサギ抗血清が用いられた。その後、実践使用のための安定的な抗体供給源として、市販ガンマグロブリン製剤を用いる汎用プロトコールが考案された。に例を示したとおり、回収率はウサギで作製した特異的抗血清の1/3程度となるが(PCRでは2サイクル以内の差)、NoVの他の型や、サポウイルス(SaV)、A型肝炎ウイルス(HAV)などへも幅広く対応できるという利点がある。これまでのところ、ガンマグロブリン製剤は、NoVでは13遺伝子型(GI/3、GI/4、GI/8、GI/9、GI/14、GII/2、GII/3、GII/4、GII/5、GII/6、GII/12、GII/13、GII/18)、SaVではヒトに感染する4種類すべての型、他にHAVとアデノウイルス41型において有効であることを確認している。また、流通食品が疑われる大規模・広域事例では、最初に感染して回復した人の血清を用いることも可能である。当事者の協力が得られることが大前提となるが、不幸にして社会問題に発展した場合には原因究明のための選択肢の一つとなるであろう。

以上のとおり、パントラ法は食品検体から調製された乳剤を濃縮・精製してRNA抽出液を得る段階までを担保するものであり、それ以降の逆転写反応やPCRについては既報に従うことになる。多くのケースでは逆転写反応前にDNase I処理を行っているが、α-Amylaseも同時に添加することで検出効率が向上する。また、ランダムプライマーよりも、特異的プライマーを用いて逆転写反応を行った方が、検出効率は高い。この場合、cDNAの種類が増えて煩雑となるため、ホットスタート対応のone-step PCRキットを用いるなどの工夫が有効である。ポテトサラダと焼きそばをNoV GII/4で汚染したモデル食品を作製(様々な汚染レベルのもの)し、ガンマグロブリン製剤を用いたパントラ法で抽出したRNAからnested PCR(1st.PCR: COG2F/G2-SKR, 2nd.PCR: COG2F/COG2RによるリアルタイムPCR)による検出を試みたところ、いずれも食品1g当たり35コピーの汚染レベルのものまで検出できた。2nd. PCRの段階でリアルタイムPCRを用いると結果は定性扱いとなるが、ゲル電気泳動をハイブリダイゼーションで確認したのと同義であることから、タイムプレッシャーの中で高感度を求められる局面においては効果的と考えられる。プロトコールの詳細については、「日本食品微生物学会雑誌, Vol.29, No.2, 2012」に掲載が予定されているため、以後の引用文献として利用されたい。また、最適反応条件の検討など、開発過程におけるデータについては、「秋田県健康環境センター年報, No.4〜6」と「福井県衛生環境研究センター年報, No.7」の記述が参考となる。

秋田県健康環境センター 斎藤博之
福井県衛生環境研究センター(現福井県健康福祉部医薬食品・衛生課) 東方美保
国立感染症研究所 岡 智一郎 片山和彦
堺市衛生研究所 田中智之
国立医薬品食品衛生研究所 野田 衛

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