非晶性リン酸カルシウム微粒子を用いた食品からのウイルス検出法
(Vol. 32 p. 357-358: 2011年12月号)

ノロウイルスは、冬季を中心に発生するウイルス性食中毒の主要な病原体である。しかし、食品中のウイルス汚染量は一般に微量であること、食品成分がウイルス濃縮や遺伝子増幅反応等を阻害することなどから、食品からのウイルスの検出は極めて困難であり、その検出報告例も少ない。我々は、短時間で簡便に実施でき、かつ特殊な試薬や装置を必要としない食品からのウイルス検出方法の構築を目的として、非晶性リン酸カルシウム(Amorphous calcium phosphate; ACP)微粒子を用いたウイルス濃縮方法(ACP微粒子濃縮法)を検討しているので、これまで得られた結果の概要を報告する。

ACP微粒子はハイドロキシアパタイト(HAP)の前駆体であり、Ca3(PO4)2・n(OH)2(n=1-2)を主成分とする、多孔質の白色微粒子である。HAPと比較し、比表面積が大きいため、タンパク質、脂肪酸、ウイルス等の吸着能が大きいと考えられる。

ACP微粒子濃縮法は、食品からのウイルス粒子の誘出、ACP微粒子へのウイルス粒子の吸着、およびACP微粒子の収集・溶解の3つのステップからなる。具体的には、食品10gをストマッカーバッグに入れ、食品洗浄液としてPBS(−)あるいはTris-glycine液(pH 9.5)40mlを加えて10分間振とう後、メッシュを用いてのろ過および3,000rpm、30分間の遠心により食品残渣を除去する。遠心上清をフラスコに移し、ACP微粒子0.3gを添加して1時間撹拌した後、3,000rpm、10分間の遠心によりACP微粒子を集め、3.3Mクエン酸3mlで溶解する。以下定法に従い、この溶解液140μlからQIAamp Viral RNA Mini Kit(Qiagen)を用いて、ウイルスRNAを抽出後、逆転写反応、リアルタイムPCRを実施する。

本法によるウイルス回収率を千切りキャベツ、ちぎりレタス、スライスハムを対象食品として、ネコカリシウイルス(FCV)の添加回収実験により評価した。ゲノムコピー数の測定には、森ら1) が報告したリアルタイムPCR法を用いた。

食品10gに 4.5×104〜7.5×104コピーのFCVを添加し、1時間乾燥後、ACP微粒子濃縮法によりウイルスの回収を試みたところ、キャベツでは平均32%、レタスで平均50%の回収率であった。ハムでは全く回収できなかったが、ハム洗浄液にアスコルビン酸1.0g(最終濃度約2.5%)を添加することにより、ウイルス回収が可能となり、45%の回収率が得られた。

検出感度の検討では食品10gに 4.5×103コピーおよび7.5×102コピーのFCVを添加し、1時間乾燥後、同様に濃縮操作を行った結果、各食品ともFCV 4.5×103コピーの添加までリアルタイムPCRで検出が可能であった。

本法を各種食品に応用した結果をに示した。野菜類、食肉・魚肉類、穀物類からは効率良くウイルスを回収することができたが、冷凍ラズベリーや油脂を多く含む食品(ミートソーススパゲティ、フライドポテトなど)では回収率は低かった。油脂を多く含む食品として、回収率が1%であったミートソーススパゲティについて検討した結果、洗浄液にTris-glycine液(pH9.5)を用いることおよび油脂分除去のために遠心前にイソアミルアルコール10mlを添加し、遠心後に食品油脂をイソアミルアルコール層とともに除去することにより、回収率が32%に向上した。

食中毒の原因となる食品は多種多様で、その性状もさまざまである。これまでに報告されている濃縮法も食品の種類を問わずに十分な回収率を得ることは困難な場合が多い。本法においても、食品によっては一部操作法の改良を行う必要があると予測された。一方、本法はACP微粒子へのウイルスの非特異的な吸着を利用しているため、粒子溶解時の酸性条件に耐性のウイルスであれば、ウイルスの種類に依存することなく検査が可能であると考えられる。また、試薬等が非常に安価(ACP微粒子は1検体あたり15円程度)であり、簡便な操作により2時間以内に検査ができるという利点もある。今後、本法を種々の食品に応用し、適用可能な食品群を増やしていくことにより、食中毒発生時の食品検査や輸入食品等のウイルスモニタリングへの利用を検討していきたい。

 参考文献
1)感染症学雑誌,80: 496-500, 2006

埼玉県衛生研究所
篠原美千代 富岡恭子 峯岸俊貴 内田和江 鈴木典子 島田慎一 河橋幸恵 岸本剛
国立医薬品食品衛生研究所 野田 衛

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