概 要
2011年6月、県民から保健所に「グループ旅行に行ったところ、食中毒になったかもしれない。」との連絡があり、管轄保健所で調査を開始した。その結果、グループ旅行参加者の共通食が宿泊施設で提供された食事しかないこと、6月1日および2日に宿泊施設が提供した食事を喫食した当該グループを含めた4グループ18名中4グループ15名が発症していることが確認された。患者は当該施設を利用した県外者にも発生した。利用者の喫食状況および発症状況から当該施設が原因施設と断定された。喫食から発症までの時間を調べたところ、喫食後36〜48時間にピークがあり(図1)、主な症状は下痢、吐き気であった。事例発生当日、調理従事者1名が軽度の腹痛を呈していたが、調理従事者の健康状態の把握は料理長の目視による確認、自己申告制であり、記録表はなかった。使用水は井戸水であったが、残留塩素の測定記録はなく、保健所の調査時点で遊離残留塩素は検出されなかった。検食がなかったことから食品の検査はできなかったが、患者の喫食状況から生食で提供された岩カキが原因食品と推定された。
検査結果
検便検査の依頼のあった調理従事者4名および患者15名について、厚生労働省通知によるリアルタイムPCR法によりノロウイルス(NoV)遺伝子の検出を行い、RT-PCR法によりNoV 1) 、サポウイルス(SaV) 1) 、アイチウイルス(AiV) 1) 、アストロウイルス 1) 、ロタウイルス 2) 、アデノウイルス 3) 、エンテロウイルス 4) 遺伝子の検出を行った。その結果、患者4グループ15名中4グループ13名からウイルスが検出された(表1)。ウイルス別にみると、NoV GIは6名、NoV GIIは9名、SaVは10名、AiVは5名から検出され、多くの患者が複数のウイルスに感染していた。調理従事者はすべて陰性であった。ダイレクトシークエンス法で遺伝子増幅産物の塩基配列を決定した結果、NoVはGI/4、GI/7、GI/13、GII/2、GII/4、GII/13の複数の遺伝子型に型別された(表1)。各患者から検出された株の塩基配列の相同性をみると、解析領域内においてNoV GIは同じ遺伝子型の株は100%一致したが、NoV GIIは同じ遺伝子型であっても数塩基異なる株があった(表1)。SaVは10株中9株が100%一致し、GII/2に分類された。他の1株はGI/1であった。AiVは5株中4株が同一の塩基配列であり、他の1株はそれらと2塩基異なっていた。患者便、調理従事者便、施設ふきとり検体について細菌学的検査を実施した結果、複数のふきとり検体から黄色ブドウ球菌(コアグラーゼV型、エンテロトキシンD)が検出されたが、調理従事者および患者の検便からは検出されなかったため、今回の食中毒の原因菌ではないと考えられた。
考 察
単一の遺伝子型が検出されることの多い人→人感染事例と異なり、カキ等の二枚貝が原因となった食中毒事例では、複数のウイルスが検出されることが多い。本事例においても複数の遺伝子型のNoV、SaVおよびAiVが検出され、患者の発生・喫食状況から施設で提供された生食の岩カキが原因食品と推定された疫学調査結果と一致した。体調不良の調理従事者は、検査結果が陰性であったことから、食品の汚染源ではないと考えられた。
今回の事例は、当初、リアルタイムPCR法でNoV陽性となったため、その他の下痢症ウイルスの検査は行っていなかった。しかし本事例に関連する患者からSaVが同時に検出されたと他県から情報があり、他の下痢症ウイルスについても検査を実施した結果、さらにSaV、AiVが検出された。SaVは過去の県内の下痢症事例で検出されたことがあったが、AiVは今回が初めて検出された事例であり、不明な点も多いことから今後の動向に注目したい。カキ等の二枚貝が疑われる食中毒事例や、原因食品が不明でも患者から複数の遺伝子型のNoVが検出された事例の場合、他の下痢症ウイルスが検出される可能性があるため、NoVのみならず他の下痢症ウイルスについても検査を実施する必要があると考えられた。
謝辞:本事例に関して、疫学調査の情報を提供していただいた保健所、検体を分与していただいた各地方地衛生研究所の関係各位に深謝いたします。
参考文献
1)国立感染症研究所、ウイルス性下痢症診断マニュアル(第3版)
2)顔 海念,他, 感染症学雑誌 78: 699-709, 2004
3)日本食品衛生協会,食品衛生検査指針 微生物編, 2004
4)国立感染症研究所、病原体検出マニュアル
山梨県衛生環境研究所
大沼正行 三橋加世子 柳本恵太 植松香星 佐久間たかね