二枚貝関連事例における胃腸炎ウイルスの検出状況
検査対象は、2000年7月〜2010年12月の間に北海道で発生した42事例の患者糞便307検体である。NoVと、それ以外の胃腸炎ウイルスとしてサポウイルス(SaV)、アストロウイルス(AstV)、アイチウイルス(AiV)、A群・C群ロタウイルス(A,C-RV)、アデノウイルス(AdV)、パレコウイルス(PeV)、エンテロウイルス(EntV)の9種類についてPCR法による検索を行ったところ、41事例からウイルスが検出された。このうちウイルス1種類のみが検出された事例は61%に過ぎず(NoV:24事例、SaV:1事例)、39%にあたる16事例からは複数(2〜5種類)のウイルスが検出された。この検出ウイルスの組み合わせはすべて「NoVと他のウイルス」であり、いずれの事例もNoVの検出率が最も高かった。NoV以外のウイルスの検出事例数は、AiV:14、SaV:13、AstV:3、EntV:2事例であった。検体ごとにみた検出ウイルスの組み合わせを図に示した。ウイルス陽性232検体のうち複数ウイルスの検出例は「NoVと他のウイルスの組み合わせ」が57検体(25%)、「SaVとAiV」が1検体であった。最も多いものでは1検体から5種類のウイルスが検出された。
原因食品と患者からの検出ウイルスの比較
混合感染例が高頻度に認められたことから、原因二枚貝のウイルス汚染状況の把握が必要と考えた。そこで、今回の対象事例のうち原因食品の原材料が確保できた1事例について、食品と患者からの検出ウイルスを比較した(表1)。この事例は、加熱用冷凍カキが加熱不十分な状態で提供されたことが原因と推定されており、同一ロットのカキからNoV GI、GII、AiV、AstV、A-RVが高率に、さらにSaVも1検体から検出された。患者糞便ではNoV GI、GIIの検出率が高く、AiVとSaVも認めた。しかし、カキからの検出率の高かったAstVとA-RVは患者からは検出されず、NoV、SaV、AiVに比べて感染リスクが低い可能性が示唆された。リアルタイムPCR法によりカキのNoVおよびSaVコピー数の測定1,2) を行ったが、ほとんどが定量下限値未満であり、その把握は困難であった。
混合感染時におけるNoVとSaVの増殖動態
今回の調査では一人から最大5種類の胃腸炎ウイルスが検出されたが、混合感染時にすべてのウイルスが発症に関与しているとは限らない。各々のウイルスの発症への関与を推測する方法として、感染ウイルスの組み合わせと症状・重篤度の関連性や、患者体内での各ウイルスの増殖状況を把握することなどがあげられる。今回はリアルタイムPCR法による定量検査系が確立しているNoVとSaVについて増殖状況の把握を試みた。NoV GI、GIIのコピー数は、単独感染時と比べて混合感染時に特に減少するという傾向は認められなかった。SaVについては、表2に、PCR法でSaV遺伝子が検出された33検体をコピー数の高い順に示した。SaV単独感染の検体はコピー数が高い傾向にあった。また、SaVコピー数が高い7検体(No.1〜7、9.5×108以上)からはNoV GIIは検出されておらず、SaVコピー数が低い(No.8〜33)26検体中25検体はNoV GII陽性であった。このことから、二枚貝喫食によるSaV感染例では、特にNoV GIIとの混合感染がある場合にSaVの増殖が抑えられる可能性が示唆された。これについては、さらにデータを集積して検証を行う必要がある。
現在の食中毒検査では、NoVが高率に検出された事例について、他の胃腸炎ウイルスの検査は通常行われていない。しかし、今回の調査結果から、少なくとも二枚貝関連事例については他の胃腸炎ウイルスを含めた検索が望ましいと考えられた。また、検討数は少ないが、二枚貝のウイルス汚染状況と喫食者の感染状況が必ずしも相関しないことや、SaVの増殖が混合感染、特にNoV GIIの存在に影響を受ける可能性があることが示された。今後このようなデータをさらに蓄積し、様々な胃腸炎ウイルスについて、食品媒介による感染リスクや発症リスクなどを明らかにする必要があると考えられた。
参考文献
1) Kageyama T, et al ., J Clin Microbiol 41: 1548-1557, 2003
2) Oka T, et al ., J Med Virol 78:1347-1353, 2006
北海道立衛生研究所感染症部ウイルスグループ 吉澄志磨 後藤明子 石田勢津子
国立医薬品食品衛生研究所 野田 衛