地方衛生研究所の検査診断により判明したわが国の麻しんの現状
(Vol. 33 p. 41-42: 2012年2月号)

1.はじめに
2012年までの麻しん排除を目標にした取り組みとして、麻しん疑い症例については、全国の地方衛生研究所が全例にウイルス検査診断を行うことが、厚生労働省の通知(2010年11月)により求められている。当初、麻しん全例のPCR検査は、地方衛生研究所にとって過剰な負担ともなりかねないと危惧されたが、この2年間の麻しん疑い症例数の激減もあって、ほぼ混乱なく実施されているようである。得られた麻しんウイルス検査の結果から、わが国の麻しんの発生状況の詳細が判明したと同時に、麻しんの診断根拠および届け出に付随する新たな問題点も浮上してきている。

2.地方衛生研究所での麻しんウイルスの検出状況
2010年1〜12月のわが国の麻しん報告数は457例であったが1) 、このうち麻しんウイルスの分離・検出はわずか27例であった2) 。しかしながら、2010年末に疑い症例全例でのPCR検査が勧奨された結果、2011年1〜12月の麻しん報告数434例3) に対し、麻しんウイルスの分離・検出は126例と大幅に増加し2) 、地方衛生研究所でのウイルス検査が麻しん診断の根拠、届出の手順としてほぼ定着したものと考えてよいだろう。問題は検出された麻しんウイルスの型別である。これまでのわが国の常在型はD5型であり、2008年以前にはこのウイルスが多数検出されていた。しかし、2009年には3件に激減し、2010年5月の1件(千葉県)の検出を最後に、この1年半の間、D5型は全く検出されていない。2011年の検出型はA型(ワクチンタイプ)、D4、D8、D9、およびG3型であり、その多くは海外からの帰国者の発症であり、明らかな輸入例である3) 。また、渡航歴の無い散発例からも検出されているが、これらは輸入例からの二次感染と考えられたが、これ以上の感染拡大はみられないため、これまでのところ輸入株が常在化したことを疑わせる事例はないようである。最終的な結論を出すのは時期尚早としても、「常在型のウイルスは排除され、検出された株は輸入型とその二次感染で、輸入株の国内常在化は起こっていない」との現状分析が成り立つ蓋然性は高い。極言すれば、これはすなわち、「麻しん排除はすでに事実上達成されている」ということではないだろうか。

3.IgM抗体価による検査診断の問題点
麻しんの診断根拠としては、臨床所見、血清診断、ウイルス検出の3法がある。このうち汎用されているのは、血清診断の麻しん特異的IgM抗体価検査であり、健康保険でカバーされるため、年間1万数千件もの検査が民間検査機関に依頼され、しかもその陽性率は2009年のデータでは4.6%とされている。しかし、この検査は、他の感染症による偽陽性が相当数みられること、陽性と判定された例の大部分は弱陽性であり、この抗体価だけを診断の根拠とすれば、相当数の麻しんではない例の紛れ込みを許すことにつながるという問題点を抱えている。事実、数カ所の地方衛生研究所が行った偽陽性が疑われる症例での追加のウイルス検索では、風疹、ヒトパルボウイルス(伝染性紅斑)などが検出されており、全国で相当数の紛れ込み症例が麻しん報告例に実際にカウントされている可能性を強く示唆している。年間の麻しん発生数が数千以上であった2008年以前には問題にならなかった紛れ込み症例を把握することも、発生数が激減し、排除期限が目前に迫った現状では無視できない課題と考えなければならない。

4.麻しんの診断根拠と届出の問題点
2011年の麻しん報告例434件のうち、検査診断例は201件、臨床診断例は123件、修飾麻しん(検査診断例)が110件である3) 。修飾麻しんを含めた検査診断例311件のうち、ウイルス検出は126件であり2) 、残りの185件は民間検査機関の血清抗体価を診断根拠とする例数と考えられる。血清診断 185例と臨床診断123例、すなわち麻しんウイルスが証明されていない308件の麻しん報告例のうちで、いったいどれくらいの割合で実際は麻しんでないものが含まれているのか、これは推測するしかないが、半数とまではいかないにしても少なくとも20〜30%にはなるのではないかと考えられる。その根拠は、適切な時期に採取された検体であるにもかかわらずウイルスが検出されず、したがって麻しんは否定的であるのに、麻しんとして届出がされている、あるいは届出が取り下げられていない事例がかなりあることが、地方衛生研究所の調査で判明しているからである。例えば、群馬県では2011年に5件の報告があるが、このうち2件は群馬県衛生環境研究所での検査で、患者検体からウイルスが検出されなかったにもかかわらず、届出が取り下げられなかったものであり、麻しんでない可能性がきわめて高いと考えられる。また、残り3件は臨床あるいは血清診断で届けが出されており、ウイルス診断が行われなかったものであり、得られた情報からは、これらも麻しんの可能性は少ないと判断されるためである。

5.麻しんの疾患様態の解明
この1年間の地方衛生研究所が行ったウイルス検査によって、麻しんというウイルス感染症の様態についての理解が飛躍的に進んだとの見方も成り立つ。ある意味では、これは麻しんというウイルス感染症の疾患概念の変更を迫る事態であるかもしれない。ウイルス感染症の診断は歴史的に3つの段階を経て進歩した。第一の段階は、臨床症状による経験的・主観的診断である。この時代は医師が麻しんと診断すればそれだけで麻しんと認められた。第二の段階はそれに血清診断を加えて診断する段階である。血清抗体価という客観性が加わったものの、紛れ込み症例を有効に排除するまでには至らなかった。第三の段階では、直接ウイルスを検出することで確定診断ができるようになった。麻しんは不顕性感染が殆どないので、ウイルスの証明イコール確定診断である。また、適切な時期に採取された咽頭ぬぐい液・血液・尿の3種の患者検体の、いずれからもウイルスが検出されなければ、まず麻しんは否定されるものと考えてよい。この1年間、全国で多くの麻しん疑い症例でルーチンにウイルス検査が行われるようになって判明したことは、第一の段階、第二の段階での報告数には、麻しんでないものを誤認していた例数がかなり存在したにちがいないということだろう。全例にウイルス検査を行うという、手間も費用もかかるが画期的ともいえる世界に類を見ない取り組みを、今後も全国の地方衛生研究所が続けることによって、麻しんという疾患に対する理解が、さらに詳細かつ明瞭になるだろう。WHO がこの業績を正当に評価してくれることを切に望むものである。

 参考文献
1) http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/2010pdf/meas10-52.pdf
2) http://idsc.nih.go.jp/iasr/measles.html
3) http://idsc.nih.go.jp/disease/measles/2011pdf/meas11-52.pdf

群馬県衛生環境研究所
小澤邦壽 横田陽子 石岡大成 塩原正枝 塚越博之 斎藤美香 後藤孝市

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