73歳のハイチ人女性が2011年6月30日に、右肩痛、胸痛、頭痛、高血圧でニュージャージー州救急部門を受診した。症状と既往歴から肺塞栓症と虚血性心疾患が疑われた。この時、嚥下困難があったが検査は行わず、鎮痛剤が処方され要観察となった。
症例は、7月1日に2つの異なる救急部門を訪れ、息切れ、発作、幻覚、平衡維持困難があったことが報告されている。血算と尿検査から尿路感染症が示され、抗菌薬と抗不安剤による治療が始まった。その間に好戦的で支離滅裂になり、7月2日に精神異常精査のため入院となった。7月3日に尿路感染による38.5℃の発熱があった。7月5日に呼吸器分泌物が増加し、体温39.3℃、上肢の振戦が何度かあった。
症例は集中治療室に移され、気管挿管され、経鼻胃管を挿入された。脳波から無症候性てんかんとてんかん発作重積の可能性が示された。髄液検査では若干のリンパ球優位の白血球数増加以外は注目すべきことはなく、病原体検査(単純ヘルペスウイルス1および2、ウエストナイルウイルス、東部ウマ脳炎ウイルス、セントルイス脳炎ウイルス)は陰性であった。脳MRIで慢性の脳室周囲白質変化が示され、脳炎と診断された。7月12日に狂犬病診断のために頚部皮膚生検が実施された。症例は低血圧、低体温、甲状腺機能低下となり、その後、中枢性尿崩症、下垂体機能低下症と診断された。7月14日までに昏睡状態となり、高度の房室ブロックがあった。
狂犬病の検査は、直接蛍光抗体法とRT-PCRで陽性となった。このウイルスの塩基配列から、このウイルスはハイチのイヌの狂犬病ウイルス変異株と関連があり、2004年にフロリダのヒトの狂犬病患者で見つかったウイルスのRNA配列に最も近似した狂犬病ウイルス変異株であることが示された。7月18日に症例は脳死とみなされ、2日後に死亡を宣告された。
7月7日からニュージャージー州保健局(NJDHSS)による疫学調査が実施され、7月19日に症例の娘から、症例が4月にハイチで犬に咬まれたことが確認された。
症例の娘によると、症例は6月25日から間歇性の右腕の麻痺と頭痛があった。家族や教会に居合わせたメンバーが、症例の発症2週間前の接触者とされた。家族3人とよく家を訪問する客1人が曝露後予防(PEP)を受けた。7月24日に教会のメンバーに狂犬病についての情報提供がされたが、曝露が特定されたメンバーはいなかった。
7月18日から救急部門職員の狂犬病ウイルス曝露リスク評価が、NJDHSSと病院の感染防止プログラムによって質問票を用いて行われた。246人の病院職員が、症例が救急部門にいた時に接触の可能性があったとされ、うち10人がPEPを受けた。
この事例は、2000年以降にハイチで感染し米国に入国した3例目の狂犬病症例であり、狂犬病蔓延地域から入国した狂犬病を疑わせる症例に対する疫学情報収集の重要性を示唆している。
(CDC, MMWR, 60, Nos.51&52, 1734-1736, 2011)