下痢原性大腸菌は、保有する病原因子や発生機序により腸管病原性大腸菌(EPEC)、腸管侵入性大腸菌(EIEC)、腸管毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管出血性大腸菌(EHEC)、腸管凝集付着性大腸菌(EAggEC)の5種類に分けられることが多い。これらの病原性大腸菌を原因とする食中毒事例は、わが国では毎年約30〜40事例報告されているが、倉敷市内では過去10年間に発生の報告はなかった。しかし、2011年9月、倉敷市内でETECによる感染事例が3事例発生し、これらの事例のすべてからETEC O153:H12(STh 遺伝子陽性)が検出されたので、その概要を報告する。
1.事例概要
事例1:2011年9月19日、市内の飲食店Aで喫食した者のうち、36名が腹痛、下痢などの症状を呈し、この店で提供された食事を原因とする集団食中毒が発生した。
有症者便5検体、従業員便6検体、調理施設のふきとり10検体、立ち入り調査時に施設に保存されていた食品(ステーキ用牛肉)1検体について食中毒起因菌検査を実施したところ、有症者便3検体、従業員便3検体から血清型O153:H12の大腸菌が検出された。これらの分離菌株についてPCR法により毒素遺伝子の保有を検査したところ、すべての株がSTh遺伝子陽性であった。
事例2:2011年9月22日、医療機関Bから同施設内の飲食店で9月15日または16日に喫食した職員24名が下痢、腹痛を呈しており、そのうち8名からO血清群153の大腸菌が検出され、さらに調理従事者14名中2名からも同菌が検出されたとの通報があった。
調理施設のふきとり10検体、保存されていた食品のうち9月14〜16日に提供された15検体について検査を行ったところ、食品1検体(きゅうり)から血清型O153:H12の大腸菌が検出され、PCR法によりSTh遺伝子の保有が確認された。また、医療機関などから分離された有症者便由来株5株について検査したところ、すべての株が血清型O153:H12に型別された。これらの分離株もPCR法によりSTh遺伝子を保有していた。
事例3:2011年9月26日、医療機関より受診した患者からO血清群153 の大腸菌が検出されたとの連絡があった。この患者は飲食店Aでの喫食歴はなく、9月中旬はずっと自宅で食事をとり、外食はしていないとのことであった。
検査機関よりこの患者便から分離された菌株1株の分与を受けて検査したところ、血清型はO153:H12に型別され、PCR法でSTh遺伝子が陽性であった。
2.分離株の分子疫学的解析
2011年9月に発生したETEC O153:H12による3つの感染事例では、有症者便、従業員便、食品ならびに臨床分離株から当該菌が検出され、すべての株がSTh遺伝子を保有していた。分離されたETEC菌株についてパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)を実施した結果、すべての株が同一パターンを示した(図1)。
以上のことから、3事例は同一菌による感染であることが示唆されたが、疫学調査の結果等からは当該菌が検出された食品が共通の感染源である可能性は低く、感染源、感染経路の究明には至らなかった。近年、ETEC O153:H12による集団感染の報告はなく、今回の事例は稀なものであったと考えられる。現在、ETEC O153:H12による感染の広がりは認められていないが、今後も発生動向に注目していく必要があると思われる。
謝辞:本事例を報告するに当たり、菌株を分与していただきました医療機関各位に御礼申し上げます。
倉敷市保健所衛生検査課微生物検査係
山口紀子 香川真二 杉村一彦 小川芳弘
岡山県環境保健センター細菌科 中嶋 洋