はじめに
インフルエンザ菌および肺炎球菌は小児期細菌感染症の代表的な起因菌であり、いずれも髄膜炎、菌血症、関節炎、肺炎などの侵襲性感染症と、上気道炎、中耳炎、副鼻腔炎などの局所感染症の原因となっている。インフルエンザ菌において侵襲性感染症を引き起こすのは、細菌膜の外側に莢膜を有する菌(莢膜株)であり、局所感染症を引き起こすインフルエンザ菌の多くは莢膜を持たない菌(無莢膜株)である。莢膜株は莢膜の抗原性の違いからa〜fまでの6種類に分類され、侵襲性感染症の95%はb型(インフルエンザ菌b型、Hib)によるものである。一方、肺炎球菌は90種類以上の血清型に分類され、いずれの型も侵襲性感染症をおこすが、年齢によって侵襲性感染症をおこす血清型が異なっている。7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7)は、本邦小児の侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)の約75%をカバーしている1) 。
2008年12月にHibワクチンが販売開始され、2010年2月にPCV7が販売開始されたが、公費助成が行われた一部の市区町村を除き接種率は低率であった。しかし、2010年12月に「子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業(緊急促進事業)」が開始され、翌年の2月からはほとんどの市区町村でヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンに加え、Hibワクチン、PCV7も公費助成で接種が可能となり、Hibワクチン、PCV7の接種率が上昇した。
2007年度から始まった「ワクチンの有用性向上のためのエビデンス及び方策に関する研究」班(神谷班)では、研究課題の一つとして、HibワクチンおよびPCV7導入に備え、10道県における侵襲性インフルエンザ菌感染症およびIPDの疫学調査を2008年(1〜12月)から開始した。2010年度から継続した「新しく開発されたHib、肺炎球菌、ロタウイルス、HPV等の各ワクチンの有効性、安全性ならびにその投与方法に関する基礎的・臨床的研究」班(2011年2月に神谷研究代表者が逝去したため庵原・神谷班に名称変更)においても疫学調査を継続し、同時に侵襲性インフルエンザ菌感染症およびIPDを発症した患児から分離された起因菌の血清型と薬剤感受性を調査している。2011年の疫学調査で侵襲性Hib感染症罹患率の減少が認められたので報告する。
調査方法
侵襲性インフルエンザ菌感染症およびIPD調査を行っている道県は、北海道(5歳未満人口推計値203,000人、調査協力病院数59)、福島県(84,000人、16病院)、新潟県(91,000人、41病院)、千葉県(260,000人、69病院)、三重県(80,000人、14病院)、岡山県(84,000人、17病院)、高知県(29,000人、11病院)、福岡県(226,000人、34病院)、鹿児島県(74,000人、18病院)、沖縄県(82,000人、16病院)の10道県である。2009(平成21)年10月時点での10道県を合わせた5歳未満人口推計値は1,213,000人であり、全国の5歳未満人口の推計値(5,376,000人)の22.6%を占めている。
各県に一人の研究協力者を依頼し、各研究協力者は、それぞれの県内の小児科入院施設がある医療機関の小児科部長(医長)に侵襲性細菌感染症患者が入院したとき、患者情報を提供するよう依頼した。また、情報の提供漏れがないかを確認するために、定期的に各医療機関に電話またはファックスで入院情報の提供を求めた。患者情報としては、家族構成、集団保育の有無、HibワクチンおよびPCV7のワクチン歴、発症時の年齢(月齢)、臨床経過、予後などである。なお、北海道は髄膜炎のみの調査であり、他の9県は侵襲性感染症すべての調査である。今回は速報として各侵襲性感染症の罹患率を報告する。
結果(表1、表2)
2008〜2010年までの3年間の5歳未満人口10万人当たりのHib髄膜炎罹患率は、7.1〜 8.3(平均7.7)であったが、2011年には3.3と、57.1%減少していた。また、髄膜炎以外の侵襲性Hib感染症も3年間の5歳未満人口10万人当たりの罹患率は3.8〜 6.3(平均 5.1)であったが、2011年には2.8と45.1%減少していた。
IPDの調査では、2008〜2010年までの3年間の肺炎球菌髄膜炎の罹患率は、2.6〜3.1(平均2.8)であったが、2011年には2.1と25%減少し、髄膜炎以外のIPDは、3年間の罹患率21.2〜23.5(平均22.0)から2011年には14.9と32.3%減少していた。
考察およびまとめ
Hibワクチンが導入される前のわが国のHib髄膜炎の罹患率は、5歳未満人口10万人当たり6.1〜8.6とされている2) 。今回の調査で示された2008〜2010年の5歳未満人口当たりの罹患率7.1〜8.3は、以前の調査結果と一致する罹患率であり、各県とも適切な報告がなされていると判断された。また、小児髄膜炎起因菌の調査では、Hib髄膜炎と肺炎球菌髄膜炎の発症比率は約3:1の関係があり3) 、今回の調査でもほぼ同じ比率であった。
HibワクチンおよびPCV7には集団免疫効果がある。Hibワクチンを定期接種している国ではHib髄膜炎が99%、PCV7を定期接種している国ではすべての血清型の肺炎球菌髄膜炎が75%減少している1,2) 。また、PCV7では40%の接種率で乳幼児のIPDが80%低下している4) 。わが国でHibワクチンおよびPCV7の公費助成による接種が、実質的に始まったのは2011年2月からであるが、Hib髄膜炎では57.1%減少し、Hib非髄膜炎では45.1%減少していた。Hibワクチンは2008年12月から市販されていること、緊急促進事業が始まる前から一部の市区町村では公費助成が行われていたこと等から、Hibワクチンの効果が比較的早期に認められるようになったと推察している。今後接種率が高まることで、欧米各国と同様の高い発症抑制効果が期待される。
今回の調査では、肺炎球菌髄膜炎は25.0%減少し、肺炎球菌非髄膜炎は32.3%減少していた。PCV7は2010年2月から市販されたワクチンであること、肺炎球菌髄膜炎の発症頻度はHib髄膜炎と比べて低いこともあり、今回の調査におけるPCV7の効果は評価しがたいと考えている。今後、各道県の接種率を含めたさらなる追跡調査が必要である。
4年間の継続した研究から、Hibワクチンの効果が認められ始め、PCV7の効果も期待されるものがあった。侵襲性インフルエンザ菌感染症およびIPDは比較的頻度が低い感染症であり、人口10万人当たりの罹患率調査が必要である。本研究班で行っている10道県の調査は順調に進んでおり、この調査を継続することでHibワクチンおよびPCV7の効果がさらに明確になることが期待される。
HibワクチンやPCV7が普及した先進国では、Hib以外の莢膜型による侵襲性インフルエンザ菌感染症の増加が話題になっており、肺炎球菌ではPCV7に含まれない血清型の肺炎球菌による侵襲性感染症の増加が報告されている1) 。本研究班では侵襲性インフルエンザ菌感染症およびIPDをおこした起因菌の血清型のサーベイも行っており、今後の対策を図るうえで貴重なデータが提供できると考えている。
PCV7は小児IPD起因菌の血清型の75%しかカバーできていないこと、PCV接種を受けポリサッカライドに対する抗体は上昇したが、機能性抗体であるopsonophagocytic activity(OPA)が十分に誘導されない人がいることなどの理由で、PCV7の接種を受けたがIPDを発症する症例が存在する。PCV7を受けたがIPDを発症した人からの分離菌検査や血清OPA活性検査は、PCV7の効果を評価するために必要な検査である。本研究班ではこの研究も行っており、ワクチン行政に貢献することに努めている。
参考文献
1)石和田稔彦, 日本臨床 69: 1584-1588, 2011
2)勝田友博, 齋藤昭彦, 日本臨床 69: 1589-1593, 2011
3)砂川慶介, 他, 感染症誌 84: 33-41, 2010
4) Talbot TR, et al ., Pediatr Infect Dis 23: 726-731, 2004
国立病院機構三重病院小児科 庵原俊昭 菅 秀 浅田和豊
札幌市立病院看護学部 富樫武弘
福島県立医科大学小児科 細矢光亮 陶山和秀
千葉大学小児科 石和田稔彦
新潟大学小児科 齋藤昭彦 大石智洋
岡山大学保健学研究科 小田 慈
高知大学小児科 脇口 宏 佐藤哲也
国立病院機構福岡病院 岡田賢司
鹿児島大学小児科 西 順一郎
沖縄県立南部医療センター・こども医療センター 安慶田英樹