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Vol.2 (1981/1[011])

<国内情報>
溶連菌並びに溶連菌感染症の現況


β−溶連菌(溶血性連鎖球菌)は起因する疾患の種類は多様であって,普遍的な咽頭扁桃炎,猩紅熱を始め,リウマチ熱および今では稀な疾患となった丹毒,産褥熱などの急性感染症の他に,本感染による免疫が関与した続発疾患(第2病)である急性糸球体腎炎,リウマチ性心臓病,アレルギー性紫斑病等が挙げられる。この中で猩紅熱は法定伝染病として届出数が把握できるため,本菌感染症の推移を知る目安を提供するのみでなく,1970(昭和45)年を境として,赤痢の激減による消化器系より呼吸器系への逆転を契機として,以来,法定伝染病患者数のうちの首位の座を占めるようになった。

上記諸疾患の主要な起因菌は咽頭,扁桃などの常在フロラであるA群菌であるが,近年,咽頭の他に産道にも常在するB群菌による新生児(主として未熟児)の髄膜炎,RDS(respiratory distress syndrome)などが国内でも脚光を浴びてきた。

β−溶連菌はLancefieldらの血清学的群別によりA,B,C,→Vまでの20種類の群(Group)に分類されるが,ヒトの病原菌はA,B,C,D,F,Gの6群に限られ,中でもA群によるものが圧倒的に多い。A群は更に菌体M蛋白による80余種の沈降反応型(Mtype),またはT蛋白による20余種の凝集反応型(Ttype)に型別され,T型因子血清1)2)の作成と市販を早期に実施したわが国の型別成績は,M型別に比べて型別不能率も低く,因子血清であるために,M型との一致率も極めて高く,秀れている。

A群菌の国内菌型については,古くは児玉3),福見,草間4),平石,飯村5),三輪6),小林7),中島8)らの報告があるが,T型別は1964年以来,当所が中心となり,国内諸施設の協力の下に過去16年間,その推移を追跡してきた9)。菌型調査の意義としては感染経路の追跡,菌型同定による好発疾患の推測(たとえば腎炎起因性菌型の12,49,55〜61型などの認知)などの他,特定菌型に高率にリンクした抗生剤耐性の推測などの可能性が挙げられる。たとえば,Macrolide (Mac)耐性を含む多剤耐性株は主要流行菌型の中でも12型により占められ,少なくも1974年頃までは4型(株)はTetracycline(TC)単独耐性を維持し続けたことなどが当所の調査9),10)で判明した。

図1は最近7年間の主要流行菌型の推移を示し,比較のために1964年のヒストグラムを右端に挿入したが,この年に4型の全国的大流行があり,国内で初めてTC耐性が4型とリンクした形で出現した。その後Chloramphenicol(CP)耐性の出現までには5年を要したが,それから僅か2〜3年の後に早くもMacrolide(Mac)耐性が急速に現われ,今回はその耐性の担い手はほとんど全て12型に限られた点が特異的であった。抗生剤耐性の以上の年次的出現の推移を示す図2において,Mac耐性がピーク(52%)を示した74−75年は12型の検出率がピーク(79%)を示した年に一致する。図から明らかなように抗生剤の種類によりその耐性出現までに要した年次的間隔(年数)に差を認めたが,この相異の由来について,細菌遺伝学的所見に基づく解説が可能なように思える。すなわち生方11)らの行ったファージによる多剤耐性12型からの耐性導入実験で,TC耐性は常に単独に12型の感受性recipientに導入されるのに反して,CPとMacは相伴って導入された事実,並びに,多剤耐性プラスミド上のTC耐性のlocusは離れているのに反して,CPとMacのそれは近接しているという一般的な所見による説明である。上記3剤の耐性発現までに要した年次的間隔の相異という疫学的なマクロの減少が細菌遺伝学上のミクロの現象と相似的な対応を示したことは極めて興味深い。

β−溶連菌はPenicillinを始めβ−lactam系抗生剤に対して全ての株が今尚感受性を維持していることも大きな特徴であるが,他方,ヒトへの親和性も極めて密であるという特性もあり,これらの性質は,本菌の感染症の予防や治療に当たる我々に対して常に永続的な希望の光と失望の影を投げかけ,いつまでも探究心を駆り立てずにはおかないのである。

文献

1)宮本:臨床検査,13,1085,1969

2)Takizawa et al.:Japan, J.Microbiol. 14,269,1970

3)Kodama et al.:Kitasato Arch. Exp. Med. 16,110,1939

4)福見,草間:日伝染誌,31,626,1958

5)平石,飯村:日伝染誌,33,721,1960;37,33,1964

6)三輪ほか:日伝染誌,34,465,1961

7)小林ほか:日伝染誌,35,556,1962;36,160,1963

8)中島ほか:日伝染誌,38,181,1965

9)宮本ほか:感染症学雑誌,51,98,1977;53,505,1979

10)Miyamoto et al.:Antimicrob. Agents Chemother. 13,399,1978

11)Ubukata et al.:J.Antibiot. 28,681,1975



神奈川県衛生研究所WHOレンサ球菌国内リファレンスセンター 宮本 泰


図1.国内の主要流行菌型の年次的推移(右端は1964年当時の成績を示す)
図2.A群溶血性連鎖球菌におけるTC,CP,LCM Macrolides耐性率の年次的推移





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