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現在国際的にみてS. typhiのファージ型は106種であるが,そのうち日本のM3型は1956年以降,1983年まで5株(0.007%)の分離で極めてまれな型といってよい。この5株のうち4株は高知県で分離され,表1に示すように,1972年2株(患者と保菌者),1983年2株(患者と保菌者)である。これら4株の薬剤感受性,生化学的性状はすべて同一で,リジン(−)の非定型性状を示す菌であった。そこでこのM3型腸チフス発生例の概要について述べる。あわせて,1983年保菌者検索において,Ballerup菌より精製したVi抗原を用いた受身感作血球凝集反応(以下PHAと略す)の有用性についても若干の知見を得たので報告する。
1972年発生の概要:1972年5月8日,高知市で2歳の男子が発病,5月12日菌分離診定。分離菌株のファージ型はM3で,わが国において患者から分離されたのはこれが最初であった。家族検便の結果,5月22日41歳の母親よりチフス菌が分離され,保菌者と診定された。2歳の患児,母親共海外渡航歴はなかったが,父親が海運組合勤務で,1962年までソ連,オーストリア,中国等の海外航路に船員として勤務,その間マラリア様発熱の既往歴がある。1962年以降陸上勤務となり,1967年胆のう炎で入院,この時看護の母親に2週間程度の原因不明の発熱があった。母親が保菌者として診定された当時のWidal反応は40倍で,便,胆汁よりチフス菌を検出,更に4ヶ月後の検査においてもなお便,胆汁より同菌を検出した。感染は父親が船員当時にマラリア様の既往歴があったこと,母親に原因不明の発熱があったことから父親から母親,子供へという経路が推測された。なお,1970〜72年に世界52ヶ国で分離されたチフス菌のファージ型のうちM3型はこの高知県の患者と保菌者のみで他国では分離されていない。しかしこの52ヶ国にはソ連,中国は含まれておらず両国でのM3型の分離状況は明確ではないが,北京中国医学科学院の資料によると,中国ではM3型の分離例があり,その性状はリジン(+)が主で,リジン(−)もまれではあるが分離されている。
1983年発生の概要:1983年3月14日,高知県長岡郡本山町で,53歳の男性が発病,病状が定まらず3病院を転々と受診入院後,発病1ヶ月目に腸チフスと診定された。分離株のファージ型はM3型で1972年以来の発生であった。その後の調査で高知市の軽い老人性痴呆症の女性(70歳)が保菌者と判明したが,この保菌者は患者伯父の妻で,昭和7年頃腸チフスに罹患しており,過去50年にわたる保菌が推定された。感染機会は発病10日前伯父宅での朝食が最も疑われる。なお,1972年,1983年両事例の関連性は不明であった。
保菌者検索におけるPHA法の有用性:わが国で従来から行ってきたWidal反応による腸チフス血清診断率は数パーセントで極めて低く,より感度の高い方法が検討されているが,われわれも1983年の保菌者検索において,検便,Widal反応に加え,PHA法を試みた。検便については1〜2日間隔で3回連続キャリーブレアー培地に採取,直接・増菌分離培養を行った。保菌者は3回のうち1回目の増菌培養からチフス菌を分離した。PHA法は精製した莢膜多糖体(Vi)でヒツジ赤血球を感作し,これを抗原として血清中のVi抗体価を測定した。抗原はBallerup菌のアセトン乾燥死菌から核酸,蛋白を除きエタノール−セタブロン沈殿法でVi多糖体を分離し,国立予防衛生研究所ファージ型別室作成の抗Vi抗体を用い,二重ゲル拡散法によりその純度を確認した。試験結果は表2に示すようにWidal反応はすべて陰性であったがPHA法では保菌者80倍,患者10倍の抗体価を示した。保菌者は保菌時,患者は除菌後5ヶ月後の抗体価である。他の10名については既往歴の有無にかかわらずVi抗体価は陰性であった。
これらの経験からみてPHA法は1例ではあるが保菌状態でWidal反応より高感度を示し,保菌者のスクリーニングおよび滞在患者診断に有用であると考えられた。今後の発生症例についても検討したい。
高知県衛生研究所 森山ゆり 千屋誠造 竹林生夫
国立予防衛生研究所 中村明子
表1.高知県における腸チフス菌のファージ型
表2.検便,血清学的検査結果(1983)
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