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1989年の腸チフス発生数は患者・保菌者あわせて123例,パラチフスAは61例であった。腸チフスはすべて散発例であったが,パラチフスAは2〜3月に37名の集団発生をみたため,年間発生数としてはここ十数年来最大となった。表1に1974年から1990年5月までの腸チフスおよびパラチフス発生数の年次推移を示した。この期間の腸チフス発生数は1975年の570例をピークに減少を続け,1987年以降は年間発生数が100台で推移している。これは集団発生の減少が大きく影響していると思われる。1974〜1989年の腸チフス発生数の年平均は318.7で,パラチフス発生数の年平均39.6の約8倍であった。
腸チフスの国内発生に対する輸入例の割合は,1974年は2.5%で,以降年々増加傾向にあったが,1989年には38%(47/123)と過去最高となった。1974〜1988年のパラチフスA輸入例の年平均は,37.9%であったが,1989年は国内集発の影響で20%(12/61)と低率であった。
腸チフスおよびパラチフスの発生を性別でみると,いずれも患者は男性に多く,保菌者は女性に多かった。年齢分布では男女とも患者は青壮年層に,保菌者は中高年層に多発していた(表2)。
1989年の腸チフス,パラチフス患者の診定はそのほとんどが細菌学的になされており,前者は94例中89例(95%),後者は53例中51例(96%)が細菌診断によった(表3)。発病から診定までに要した期間の幾何平均は腸チフスでは14.5日で,過去10年間の平均診定期間14.3日と同じであったが,パラチフスAでは17.3日で,過去の平均診定期間15.3日を上回った。特にパラチフスの集団発生で診定までに1ヵ月以上を要した例が約3割を占めたのは今後の課題であろう。
1989年は腸チフスでは分離菌の94%,パラチフスAでは分離菌の96%がファージ型別に供試された(表3)。高頻度に検出されたチフス菌のファージ型はD2(14.6%),M1(12.2%),A(10.6%)などで,A型がE1型に代わって上位を占めたのが特徴であった。D6,M4,28,43の各型は輸入例のみに検出された(表4)。パラチフスAではファージ型1が70.5%を占めた。本型が集発の原因菌であったためである(表5)。分離株のすべてについて薬剤感受性試験を実施した結果,CP・TC・SM耐性のチフス菌2株が検出された。いずれもファージ型Oでインドからの輸入例であった。
1990年18週までの腸チフス発生数は47例で,うち22例(47%)が輸入例であった(表1)。22例中13例(59%)がインド旅行者で占められ,しかもうち10名が3月24日インドを経由して同一機で帰国していることがわかった。10名からの分離菌のファージ型はUVS1が6,Aが3,E1が1であった。このうちUVS1は6株すべてがCP・ABPC・SXTの3剤に,Aの1株はCPに耐性であった(図1)。本集団発生の感染源は特定できなかったが,わが国では初めてのCP耐性チフス菌による集団発生であり,しかも輸入例であったことは注目すべきである。
表1.腸チフス・パラチフス発生数の年次推移(1974年〜1990年5月)
表2.腸チフス・パラチフス患者および保菌者の性・年齢別分布(1989年)
表3.腸チフス・パラチフスの診定方法と分離株のファージ型別供試状況(1989年)
表4.チフス菌のファージ型別分布(1989年)
表5.パラチフスA菌のファージ型分布(1989年)
図1.腸チフス患者の発病日による分布(1990年1月〜5月15日)
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