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発生概況:1991年2月23日から28日までの4泊5日の日程で,大阪府下のK大学学生23名が長野県北部へのスキーツアーに参加した。この間,27日の早朝から午後にかけて参加者の中から嘔気,嘔吐,腹痛,下痢等の食中毒様症状を訴える者が現れた。29日に帰阪後,3月2日に罹患者から居住地の保健所へ届出がり,以後,大学所在地の保健所によって疫学調査と病原検索が開始された。
患者および症状:患者6名の胃腸症状(表1)は,嘔気ではじまり嘔吐,腹痛,下痢へ移行した。下痢は全患者に必発であり,1日に1〜数回の水様便であった。頭痛,悪寒といった前駆症状,38℃前後の中程度の発熱,さらに胃腸症状に随伴した倦怠感,脱力感を訴える患者がいた。
検査成績:3月3日に採取された4名の患者下痢便材料について,当初は食中毒を疑い,細菌学的検査を行ったが,結果はいずれの検体からも病原細菌は検出されなかった。つづいて4例のうちの下痢便3検体について,材料を濃縮したのち,胃腸炎関連ウイルスの電顕検索を行ったところ,サイズが約70nm,一重または二重のカプシドを保有したロタウイルス粒子が全例に見出された。便中のウイルス量は少なかった一例を除き2株のロタウイルスは,A群ウイルス検出用のELISAキット(ロタクローン)との反応がみられなかった。つづく免疫電顕法(IEM)でも同様に,抗A群免疫血清との特異反応が観察されず,これらのウイルス株の抗原性がA群に属さないことが判った。さらにウイルス粒子から抽出した拡酸のPAGE分析を行ったところ,図1に示したようにA群ではなく,C群ウイルスに特有な泳動パターンが観察された。一方,これら3名の患者対血清中のウイルス抗体をIEMによって測定した結果,3名のうち2名で有意な抗体上昇が確認された。この結果,検出したウイルスが胃腸炎の集団発生の病原であることが推定された。
考察:以上の成績から,今回の成人(大学生)における集団下痢症の原因は,C群ロタウイルスであったことが推定された。上記のウイルスに罹患した患者の臨床症状(表1)を概観すると,重篤な下痢症が特長であった。
ツアー参加者の宿泊先での喫食メニュー,参加者の行動といった詳細な疫学調査がなされたが,ウイルスの感染源および感染経路を特定できなかった。帰阪後の患者周辺における二次発生もみられず,今回の集団発生は小規模な一次発生にとどまった。
本邦でのC群ロタウイルスによる急性胃腸炎の集団発生は,1988年4月の福井県1)と1989年4月の福岡県下2)の小学校での事例以降は報告されていない。しかし,C群ロタウイルスは今回の報告例のように,突発的な胃腸炎の集団発生の原因となることから,検査にあたっては,今後とも本ウイルスを念頭に置くことが必要であろう。
C群ロタウイルスの貴重なサンプルを分与戴いた愛媛県立衛生研究所の山下育孝先生,また今回の調査に際してご協力とご助言を戴いた予研ウイルス中央検査部山崎修道,松野重夫両先生,長野県食品水道課中村主査,大阪府吹田保健所,同環境保健部食品,防疫担当の皆様に深謝致します。
1) Matsumoto K., et al. J. Infect. Dis.160:611-615,1989
2)大津隆一ほか,感染症誌 64:1244-1246,1990
大阪府立公衆衛生研究所 大石 功 山崎謙治 大津啓二 峯川好一
表1.成人下痢症患者の臨床症状
図1.成人の下痢症から検出したロタウイルスのRNA−PAGE泳動パターン
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