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Vol.16 (1995/1[179])

<国内情報>
ヒトからヒトへの感染が認められたEHEC O157:H7による集団下痢症について−奈良県


 1994年9月30日〜10月13日にかけて,奈良県下M小学校(在籍児童数538名,職員数42名)において,学校給食を原因とする腸管出血性大腸菌(EHEC)O157:H7による集団下痢症が発生した。患者数は250名にのぼり,1990年9月に埼玉県浦和市S幼稚園で発生した事例(患者数251名)に次ぐ発生規模であった。当然のことながら,奈良県におけるEHECによる初めての集団発生事例である。

 事件の探知は平成6(1994)年10月4日,磯城郡T町のK病院から所轄の保健所へM小学校の児童を8名診察し,うち3名が入院しており,主症状は下痢(血便),腹痛であり,食中毒の疑いがある旨の届出があった。同日,保健所から衛研へ患者便7件,保存検食(10月2日)が搬入された。患者便7検体中4検体からEHEC O157:H7が検出され,さらにPCR法,RPLA法によるVT検査の結果,VT1,VT2産出が認められたので10月6日に保健所へ報告した。

 EHEC O157:H7による事例はHUSの併発やヒトからヒトへの感染(Person to Person:PTP)が今までの事例報告で示唆されていることから,原因究明と拡大防止の目的で県保健環境部長を委員長とするM小学校集団下痢症対策委員会が10月7日に発足し,衛研は検査班に位置づけされた。5日〜13日にかけて糞便575検体(児童517,調理人4,教職員等24,仕入れ業者30),食品5検体,水4検体,ふきとり79検体(学校関連49,業者30)が搬入された。PTP患者発生防止を考慮して母集団全員が検査の対象であったことが従来の食中毒処理と異なる点であった。検査の結果,児童82名,教職員3名からEHEC O157:H7が検出された。

 原因追求もこの時期におこなわれたが,浦和市での事件の原因が井戸水であったことから,最初使用水に調査の対象が向けられた。M小学校は町の上水道を使用し,受水槽・給水設備に異常はなく,残留塩素濃度も適正であり,細菌検査の結果はO157:H7陰性であった。一方,患者の発症状況は9月30日に初発し,10月2日〜5日にピークがみられたこと,M小学校に限定した発生であること,9月29日は台風で休校であったこと,患者の摂食状況から判断して今回の事例の感染源は9月28日の給食によるものと断定された。

 さらに,14日夜に児童の妹弟である幼稚園児が発症し,病院に入院している情報がもたらされ,所轄保健所は菌陽性児童に対する受診勧奨,児童,家族の健康調査を実施し,15日〜24日にかけて幼稚園児,菌陽性児童の家族の糞便443検体が搬入された。検査の結果,無症状で菌陽性の児童(小学校2年生)の弟(5歳,幼稚園児,10月11日発症)の糞便から姉と同一性状のEHEC O157:H7が検出され,ELISA法によるLPS抗体調査の結果からも陽性と判定された。弟は幼稚園児であるゆえ9月28日に小学校の学校給食を摂食していないこと,また発症日が小学校児童とズレた10月11日であったことから,ヒトからヒトへの感染を確認した。PTP患者はその後の調査で合計5名(死者0名)認められた。入院患者は13名みられ,うち3名がHUSを併発したが,11月11日を最終に全員退院した。11月7日〜14日にかけて菌陽性者,入院患者および継続された健康調査における要観察者合計130名を対象に最終確認の菌検索を実施し,すべての菌陰性を確認したうえで11月24日に対策委員会は事件の終結を宣言し解散した。同日,施設・関係者への事後指導により食品衛生上の安全性が確認された結果,学校給食が再開された。

 なお,患者血清中のLPS抗体(IgM)の測定は国立小児病院小児医療研究センター・竹田多恵感染症研究部長の協力を得て行った。

 今回の事例は探知が早かったこと,原因菌が既報のO157:H7(ソルビトール非分解)であり分離培地(SIB倍地を使用)等検査実施面における利点を生かせたこと,早い段階で行政組織が一団となって対応したことによりPTP患者発生を最小限にくい止めることができたと考えられる。

 さらに,以下のことを今後のEHEC集団下痢症発生時の教訓として強調したい。

 1. 調査対象集団の菌検索において迅速かつ正確な結果が要求されることから,PCR法による迅速検査が有効である。

 2. 細菌検査のフォローとPTP患者の証明には血中抗体価測定が有効である。

 3. PTP患者発生におけるハイリスクグループは母集団における無症状の菌陽性者グループであった。

 4. 食中毒と消化器系伝染病の両面による対応に迫られることから,行政的に明確に縦割区分されている食中毒担当部局と感染症担当部局の密な連携が必要不可決であり,さらに医療関係機関との連携も重要である。



奈良県衛生研究所
梅迫誠一  丸上昌男 山中千恵子 中尾昌史
森田陽子  山本恭子 市村國俊  西井保司
奈良県桜井保健所
中尾清勝  山本幸重 北野博子  柳生善彦


M小学校集団下痢症の概要
事件の調査と対象群





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