(掲載日 2010/12/3)
<速報>輸入回帰熱の一例

症 例
患者は奈良県生駒市在住の20歳女性で、主訴は「周期性の発熱と下肢痛」であった。

2010年9月1日〜8日までの1週間ウズベキスタンのリシタンでボランティア活動をしていた。ウズベキスタン滞在中、寝ている間に右大腿を虫に噛まれたという。帰国後の9月12日に39℃の発熱と下肢痛を認め近医を受診し、感冒と診断され抗菌薬セフカペンピボキシル(CFPN-PI)とロキソプロフェンを処方された(1度目の発熱)。発熱は3日程度で解熱したが、その後9月24日と10月4日にも同様の発熱と下肢痛が出現した(2度目、3度目の発熱)。この際、病院は受診せず、残っていたCFPN-PIを内服し1日で解熱したという。

その後、周期性の発熱の原因精査のため10月8日に市立奈良病院を受診した。当院初診時は解熱しており、自覚症状はなかった。身体所見では圧痛を伴う右頚部リンパ節腫大と右大腿内側に痂皮を認めた以外に異常所見はなかった。下肢に関節の腫脹や筋把握痛は認められなかった。血液検査でも特に異常なく、血液培養を採取し経過観察とした。10月15日午後から再度発熱があり当院を受診した(4度目の発熱)。この際、発熱・全身倦怠感に加え軽度の頭痛と「両足がちぎれそう」という強い下肢痛の訴えがあった。身体所見は前回受診時と特に変わりなく、発熱時の皮疹や関節腫脹もみられなかった。

周期性の発熱と海外渡航歴からマラリアを疑い、血液塗抹標本のギムザ染色を行ったがマラリア原虫は認めず、マラリア迅速検査キットを用いた迅速検査も陰性であった。またウズベキスタンで乳製品を食べていたことからブルセラ症を疑い、ブルセラ凝集反応検査も行ったが陰性であった。周期性の発熱の原因は依然不明であったが全身状態は良く、患者本人・家族も入院はせず外来でのフォローアップを希望されたため外来で経過観察を行うこととした。

10月26日午後から発熱があり当院を受診した(5度目の発熱)。発熱・全身倦怠感・下肢痛の訴えは変わらず、バイタルサインは血圧112/70 mmHg、脈拍数90bpm、呼吸数14/min、体温39.8℃と比較的徐脈であった。CRP 19.45 mg/dl(当院初診時の無熱時は2mg/dl程度)WBC 5,450(Neut 55.7%、Lym 35.8%、Eos 4.4%、Mono 3.7%、異型リンパ球なし)、AST 26 IU/l、ALT 69 IU/l、その他BUN/Cre、電解質、CKなど正常。身体所見では前回診られなかった所見として腹部触診上脾臓を触れ、腹部エコー検査上も脾腫(64mm×39mm)を認めた。4度目の発熱時同様、血液塗抹標本のギムザ染色を施行しマラリア原虫は認められなかったが、スピロヘータ様の菌体を認めたため回帰熱を疑い、入院のうえミノサイクリン(MINO) 100mg×2/日の点滴投与を開始した。

確定診断のため、PCR法によるボレリアDNAの検出を行い、発熱期採血(10月15日、10月27日)の好気および嫌気血液培養液、および無熱期採血(10月8日)の好気血液培養液よりボレリアDNAが検出された。検出されたDNAの塩基配列決定により、感染ボレリア種はBorrelia persica と同定された。治療開始後にJarisch-Herxheimer反応は見られなかった。治療開始後、周期性の発熱は出現せず、MINOは10日間で投与終了とした。

疫学情報など
回帰熱はスピロヘータの一種、ボレリア属細菌による感染症で、マダニ媒介性のB. turicatae B. duttonii など、およびシラミ媒介性のB. recurrentis が病原体として知られている。第二次世界大戦中にはアフリカと欧州を併せて50,000名の死者を出したと推計されている。世界的にみて、アフリカ諸国での感染例が最も多く、北米や中近東などでも感染例が報告されている。またアフリカへの海外渡航者でも感染例がしばしば報告されている1) 。Borrelia persica は北アフリカ、中近東、中央アジア、インドに分布し、近年流行が続いているイランではOrnithodoros tholozani が媒介マダニと考えられている2,3) 。

回帰熱は、高いレベルでの菌血症による発熱期、および感染は持続しているものの菌血症を起こしていない、もしくは低レベルでの菌血症状態(無熱期)を交互に数回繰り返す、いわゆる周期性の熱発を主訴とする。一般的には、感染後4〜18日(平均7日程度)の潜伏期を経て、菌血症による頭痛、筋肉痛、関節痛、羞明、咳などをともなう発熱、悪寒等により発症する(発熱期)。またこのとき点状出血、紫斑、結膜炎、肝臓や脾臓の腫大、黄疸がみられる場合もある。発熱期は3〜6日続いた後、いったん解熱する(無熱期)。無熱期は通常8日程度続き、この間、血中からは菌はほとんど検出されない。抗菌薬による治療を行わない場合、その致死率はシラミ媒介性回帰熱では4〜40%、マダニ媒介性回帰熱では2〜5%とされている。

病原体診断は病原体ボレリアの検出(塗抹標本のギムザ染色、アクリジン染色、免疫染色法など)、DNA検出による。病原体の抗原変換機構により抗体検査による感染診断は難しいとされる。病原体分離にはBSK-II培地を用いる4) が、菌種によっては培養が困難な場合もある。回帰熱ボレリア感染予防のためのワクチンはないが、抗菌薬による治療が有効である。ダニ媒介性回帰熱の場合は、テトラサイクリンが用いられる。シラミ媒介性回帰熱の場合は、テトラサイクリンとエリスロマイシンの併用、もしくはドキシサイクリンが有効とされている。シプロフロキサシン等の抗菌薬治療にともないJarisch-Herxheimer反応がみられることもある5) 。

 参考文献
1) Nordstrand A, et al ., Emerg Infect Dis 13(1): 117-123, 2007
2) Moemenbellah-Fard MD, et al ., Ann Trop Med Parasitol 103(6): 529-537, 2009
3) Masoumi Asl H, et al ., Travel Med Infect Dis 7(3): 160-164, 2009
4) van Dam AP, et al ., J Clin Microbiol 37(6): 2027-2030, 1999
5) Webster G, et al ., Pediatr Infect Dis J 21(6): 571-573, 2002

奈良市立奈良病院感染制御内科 忽那賢志
奈良県立医科大学附属病院感染症センター 笠原 敬
国立感染症研究所細菌第一部 川端寛樹 高野 愛 大西 真


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