また、茨城県では麻しんの検査診断を行うすべての患者に対し、保健所が疫学調査を実施している。今回、麻しんウイルスが検出された症例は上海への渡航歴が把握されており、その後の遺伝子解析でH1型の輸入例であることが確認された。その他の42例はすべて散発例であり、患者の周辺には麻しんの流行はなく、麻しん患者との接触歴がある者はいないことが把握されている。
麻しんの臨床診断が困難となってきている現状は、麻疹排除達成に向かう過程においては必然的な状況と考えられるが、今後、麻しんの診断をより確実なものにするための一助として本県の取り組みを報告する。
目的:麻しんウイルスが検出されなかった検体について、すべての症例に共通である「発熱」と「発疹」を主症状とする突発性発疹、伝染性紅斑、風しんの病原体検索を試みる。
材料と方法:麻しんウイルス不検出検体42例中、血漿検体が得られた38例を材料とし、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV6)、ヒトヘルペスウイルス7型(HHV7)、パルボウイルスB19型(PVB19)、風しんウイルスの遺伝子検査を実施した。
結果:HHV6が12例、HHV7が2例、PVB19が1例検出された。風しんウイルスはすべて不検出であった。検査結果の詳細は表のとおりである。
38例の麻しんウイルスIgM抗体検査は、7例が陽性もしくは判定保留であったが、その7例のうち5例からヒトヘルペスウイルスが検出された。ヒトヘルペスウイルスについては、すでに病原微生物検出情報(IASR 31: 269-271, 2010)により、麻しんウイルス不検出で麻しんIgM抗体陽性の症例の同一血漿からHHV6 variant BのDNAが検出された報告があるが、当所でもHHV6・HHV7のDNAが検出された。
年齢別検査状況は、図1のとおりである。3歳未満が22人で全体の約58%を占めている。麻しんワクチン接種状況は、接種歴有りが22例、無しが14例、不明が2例で、ワクチン未接種14例のうち11例が2歳未満であった。
考察:麻しんウイルス不検出検体から、ヒトヘルペスウイルスやパルボウイルスが検出されたことから、麻しんは臨床診断のみで診断することが難しくなっている現状がうかがわれ、検査診断の必要性が示唆された。さらに、麻しんウイルスIgM抗体検査にはその精度に限界があることから、確定診断にはウイルス遺伝子検査およびウイルス分離を実施することが望ましいと思われる。
麻しんの診断については、患者の既往歴、ワクチン接種歴、疫学情報、症状、検査所見等から総合的に判断されることはいうまでもないが、今回HHV6あるいはHHV7が検出された症例の半分はワクチン未接種者であり、もし臨床診断や麻しんウイルスIgM抗体検査のみで麻しんと診断された場合、麻しん罹患歴ありと認識され、その後、麻しんワクチンの接種対象年齢であっても接種を受けない可能性が考えられる。このことは、本人の麻しん予防に対し不利益を生じてしまうことになる。
以上のことから、麻しんの診断には、ウイルス遺伝子検査診断が重要であり、麻しん排除達成までの過程においては、発熱や発疹などの症状を呈する類似の疾患との鑑別が必要であると思われる。
ついては、今後、HHV6・HHV7やパルボウイルス等についても麻しんウイルスと同時に検出できるマルチプレックスリアルタイムPCR法の開発が望まれる。
最後に、いずれの疾病もウイルス遺伝子検査については、適切な時期に検体採取が行われることが最も重要(図2)であり、より的確な時期に最適な検体採取ができるような医療現場との協力体制が不可欠と考える。
謝 辞:検査にあたりご協力をいただきました国立感染症研究所感染症情報センター第三室長の多屋馨子先生、ウイルス第一部第四室長の井上直樹先生、ウイルス第三部第三室長の駒瀬勝啓先生に深謝いたします。
参考文献
1)IASR 31: 33-48, 2010
2)IASR 31: 265-271, 2010
3)「病原体検査マニュアル」 国立感染症研究所・全国地方衛生研究所全国協議会編
茨城県衛生研究所
永田紀子 土井育子 笠井 潔 増子京子 原 孝 杉山昌秀