No.1は発熱前日の4月15日に東京出張し、東京本社勤務のNo.2とNo.3と接触する機会があった。また、No.3は4月18日に上越出張し、No.1と接触する機会があった。No.2とNo.3は医療機関を受診しているが、原因は特定されなかった。No.4〜8 の5名はNo.1と同じくA事業所勤務であり、No.1の出勤状況から4月18日が感染日と考えられた。この5名は事務室勤務が3名、工場勤務が2名で、事務室勤務の3名はNo.1と事務室を共有するものの、部署は別であり、勤務での接点は見られなかった。さらに、食堂や共有スペースなどでの接点も見つからず、A事業所内での感染伝播経路を特定できるものではなかった。
原因究明のためNo.1とNo.4〜6の咽頭ぬぐい液と血清について当所で病原体検索を実施した。原因として最も疑われた麻疹ウイルスと風疹ウイルスについてnested RT-PCR検査を行い、3名の5検体から風疹ウイルスを検出し、No.4〜6の風疹感染を確定した。さらに、遺伝子型を決定するためにE1蛋白領域の739bpを増幅したところ、塩基配列はすべて一致し、遺伝子型は1E型であった。また、これら5検体をVero細胞に接種し、盲継代を繰り返した。そのうちの4検体は3代目にCPEが出現し、風疹ウイルスが分離された。
No.1の回復期のシングル血清、No.4〜6のペア血清について風疹HI抗体価を測定した(表1)。No.1の抗体価は1,024倍であった。No.4〜6のペア血清は有意な抗体価上昇を示し、血清学的にも風疹感染を確定した。感染症流行予測調査の結果では、風疹のHI抗体価が512倍以上を示す割合は低い。No.1の回復期血清の抗体価が1,024倍であったことは、4月19日から出現した発疹の原因が風疹であったことを強く示唆する結果であった。また、No.4とNo.6の急性期血清の抗体価は8倍未満であり、この2名が初感染であることは明らかであった。一方、No.5の急性期血清の抗体価は512倍で既往感染と考えられたが、ワクチン接種歴および風疹罹患歴がないことを確認しており、既往感染が不顕性であったことが示唆された。
発疹が出現した日を1日目とした発疹の継続期間は3.1日、No.1とNo.3を除いた6名の潜伏期間は17.2日、有熱期間は4.4日であった。No.8は明確な発熱を認めず、医療機関も受診しておらず、発症の明確な指標は発疹であった。No.1とNo.3の感染時期を今事例の潜伏期間から考えると、No.3は4月15日より18日に感染した可能性が高いものと考えられた。また、No.1はタイ出張中に感染したことが推測されたが、タイにおける風疹ウイルスの遺伝子情報がないことから国外感染を裏付けることはできなかった。
今回の集団感染症は、発症者8名のうち病原体および血清学的診断によりNo.4〜6の3名の風疹感染を確定した。また、初発患者No.1は症状およびHI抗体検査により風疹感染が強く示唆された。No.2、3および 7、8の4名について臨床症状のみで発症者とすると、初発患者No.1から他の7人が感染した事業所内での風疹の集団発生事例と考えられた。
その後、6月下旬に上越保健所管内の医療機関で62歳、男性(No.9)が風疹と診断され、サーベイランスとして風疹ウイルスの検査を行った。咽頭ぬぐい液と急性期血清のnested RT-PCR検査は陰性であったが、ペア血清のHI抗体価は有意な上昇を示し、血清学的に風疹ウイルス感染を確定した。No.9の勤務先はB運送で、社内には他に発症者はいなかった。B運送はA事業所とも取引しており、何らかの接点があったものと考えられたが、A事業所での集団発生の終息から約1カ月後の発症であり、ウイルスも検出されていないため因果関係は不明であった。
風疹の予防接種が定着し、学童間の地域流行は少なくなった。一方で、30〜40代男性の抗体保有率が低いことが危惧されている。ウイルスの感染力の強弱にかかわらず、集団の中にウイルスに対する感受性者が多く存在した場合、当然のことながらこのような集団感染につながることを再認識させられた事例であった。
最後に、風疹RT-PCR検査に助力いただきました国立感染症研究所ウイルス第三部・森嘉生先生、また、本報告に助言をいただきました理化学研究所感染症ネットワーク支援センター・加藤茂孝先生に深謝いたします。
新潟県保健環境科学研究所
渡邉香奈子 田澤 崇 渡部 香 昆 美也子 田村 務
新潟県上越保健所 西脇京子
新潟県福祉保健部健康対策課 山崎 理