(掲載日 2011/9/20)
<速報>ピコルナウイルス感染症サーベイランスの現状―限界と展望―(山形県)

ピコルナウイルス科には、エンテロウイルス属、ライノウイルス属、パレコーウイルス属、などが含まれ、我々が実施するウイルス感染症サーベイランスにおいて重要な多くのウイルスが含まれている。これらウイルスによる臨床症状は多彩であり、急性灰白髄炎、無菌性髄膜炎、ヘルパンギーナ、手足口病、ウイルス性発疹症など、多くの臨床診断名に関与する。ウイルスは種によって細胞感受性が異なるため、多種類のピコルナウイルスを検出するためには、多種類の細胞を使用する必要があるし、遺伝子の構造が異なれば、使用するプライマーもターゲットとするウイルスによって使い分ける必要がある。細胞では分離できず、乳のみマウスを使わなければならないウイルスもある一方、分離できても、古典的な中和試験では、同定ができない臨床分離株もある。このように、地方衛生研究所(地研)におけるウイルス検査・研究にとって、ピコルナウイルス感染症は取り扱いが困難なウイルスである。

山形県衛生研究所では、6つの細胞を用いたマイクロプレート法を使った、ウイルス分離を基本とするサーベイランスを実施してきた1) 。このシステムでは、コクサッキーウイルス(C)A・B、エコーウイルス(Echo)、ポリオウイルス、エンテロウイルス71型(EV71)、ライノウイルスなどを分離できるが、すべての血清型に対して万能というわけではない。実際、偶然が重なって、我々は、2009年8〜12月にサフォードカルディオウイルス2型による急性上気道炎の流行をとらえることができたが、この研究はRT-PCR法による探知であり、残念ながらウイルス分離は全く歯がたたなかった2) 。

こうした経験をふまえて、我々は、ウイルス分離とRT-PCR法を組み合わせながらサーベイランスの試行錯誤を繰り返している。には、2011年6〜8月の小児科病原体定点等における鼻咽頭ぬぐい液検体からのウイルス検出(分離または遺伝子検出)結果を示した。

今年夏の特徴は、ヒトパレコーウイルス3型(HPeV3)の大流行である。7月をピークに55件検出されており、症状も上気道炎、ヘルパンギーナ、ウイルス性発疹、と多彩である。HPeV3は分離が困難で、ルーチンの6種類の細胞に加えて、新潟県保健環境科学研究所から分与を受けたLLC-MK2細胞を併用している。しかし、それでも55例の陽性中、10検体からの分離しかできていない。HPeV3の遺伝子構造は他のピコルナウイルスと異なるため、通常地研で汎用されているエンテロウイルスをターゲットにしたRT-PCRの系では増幅しない。HPeV3は、特異的なプライマーを使用してRT-PCRを実施しなければ、また感受性がある細胞で忍耐強く培養しない限り、サーベイランスの網をくぐりぬけてしまうことに我々が気づいたのはごく最近のことである。今年は2008年以来の全国的な流行となっており、恐らく3年後頃にはまた大きな流行がおきるのであろう。

今年、全国的には、CA6による手足口病が話題となった3) 。しかし、山形県では、手足口病の検体からはCA6を検出しておらず、CA16が多数分離されている。本年山形県でヘルパンギーナなどの患者検体から分離したCA6は、国立感染症研究所から分与を受けた抗血清ではうまく中和ができず、Sequence解析によって型別を行っている。

2002年にはEcho13の再興があったし4) 、2010年にはEV68というこれまで極めて検出が少なかったウイルスの流行が観察された5) ように、ピコルナウイルス感染症の動向は何がおこるかわからない。長い視点をもって、ピコルナウイルス感染症のコントロールまで考えるならば、前述6) したように、ウイルスを分離して、保存して、解析することが基本であるという主張はゆるぎないものではある。しかし、上述のように、ウイルス分離の限界を実感していることも正直なところである。病原体定点から地研に提供される臨床検体の中には、未知の病原体がまだまだ多数含まれていることは確実である。器械、手段に使われることなく、ウイルス分離、血清疫学、抗原解析、PCR法、あるいは今後開発が進むであろう新たな手段を駆使して、我々はサーベイランスを進化させていかなければならない。ピコルナウイルスは多種多様であり、変異も大きいことから、サーベイランスが有効に機能すれば、新たな事実が数多く発見されることは想像に難くない。

 参考文献
1) Mizuta K, et al ., Jpn J Infect Dis 61: 196-201, 2008
2) Itagaki T, et al ., Pediatr Infect Dis J 30: 680-683, 2011
3) IASR 32: 232-233, 2011
4) Mizuta K, et al ., J Infect 47: 243-247, 2003
5) Kaida A, et al ., Emerg Infect Dis 17: 1494-1497 2011(3913)
6) IASR 31: 104-105, 2010

山形県衛生研究所
青木洋子 池田辰也 安孫子千恵子 水田克巳 阿彦忠之


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