AH3亜型分離株は0.75%モルモット赤血球を用いた赤血球凝集(HA)試験では4〜64のHA価を示した。HA価が低い21株についてはRT-PCRによって型・亜型の同定を行った。残りの分離株34株について2011/12シーズン用インフルエンザウイルス同定キットによる赤血球凝集抑制(HI)活性を測定した。その結果、抗A/Victoria/210/2009血清(ホモ価640)の分離株に対するHI価は160〜1,280を示す一方、抗A/California/7/2009pdm09血清(同640)、抗B/Brisbane/60/2008血清(同320)、抗B/Bangladesh/3333/2007血清(同1,280)のHI価はいずれも10未満であったためAH3亜型と同定した。最も低いHI価160を示した分離株は34株中5株で、残りの29株はホモ価±1管以内であった。この4倍減少したHI価を示した5株は、同一保健所管内で同時期に採取された検体由来の株であったことから、この地域でワクチン株A/Victoria/210/2009からわずかに抗原性が変化した株が流行していた可能性が考えられた。
そこで、これら5株を含む県内分離ウイルス28株についてHA遺伝子の部分塩基配列を決定し系統樹解析を行った。その結果、28株はすべて横浜市1) と三重県2) で分離された株と同じアミノ酸置換(N312S、A198S、V223I、S45N、T48I、Q33R、S278K)を有するVictoria208クレードに属していた。さらに県内の分離株にはL3I、F193S、またはR201Kの3つの分岐が存在し、HI価が4倍低下した分離株5株はF193Sの分岐に属していた(図)。
HA1蛋白質の193番目のアミノ酸はレセプター結合部位の近傍に位置する3,4) ため、F193S置換変異はウイルスのレセプター結合部位の構造変化をきたす可能性があり、それによって抗原性の変化を引き起こしたと考えられる。これらの株は今シーズンのインフルエンザワクチン株に対する抗血清との反応性が低下している傾向を示すため、今後のサーベイランスを強化し、その発生動向に注意が必要である。
参考文献
1) IASR 32: 334-335, 2011
2) IASR 32: 336-337, 2011
3) Nature 289: 373-378, 1981
4) Science 286: 1921-1925, 1999
愛知県衛生研究所
安井善宏 藤原範子 小林慎一 山下照夫 平松礼司 皆川洋子