第1セッション 伝染病予防法の改正について
地方衛生研究所と保健所の連携
山形県衛生研究所所長
 片桐 進


 国におかれては、伝染病予防法の改正にむけて日々努力をなされておられることに心から敬意を表する。また、全国保健所長会及び地方衛生研究所全国協議会においてもそれぞれ検討の場を設けて十分に研究し、両者からそれぞれ意見書を、それぞれの立場で国に提出している。
 さて、地方衛生研究所全国協議会では、伝染病対策特別部会を設置して全国的活動を展開するとともに、厚生省の所管する各種の研究事業及び地域保健推進特別事業等において多角的に研究を行ってきた。その内容をみると、大部分の事業は、国立試験研究機関ー地方衛生研究所ー保健所の連携に関するものである。すなわち、大部分の地方衛生研究所は、これからの地域保健活動を展開するに当たって、地方衛生研究所と保健所との共同活動が重要であると認識し、保健所活動のいかなる部分に、いかなる方法で協力・支援が可能か?を模索するモデル活動を展開していることが推察される。
 以下に、これらの事業の成果を基にして、地域保健活動、特に感染症危機管理を中心にして、地方衛生研究所と保健所、そしてそれらと国立試験研究機関との連携に関する私見を述べてみたい。

1 感染症危機管理活動の基本的考え方(私見)

感染症危機管理活動は、全国的・組織的な協力の活動であると考える。
その活動は事件発生のない平常時の活動と事件発生時の活動の2つに分けられるが、円滑な協力体制を基盤とした平常時活動があって、円滑な事件発生時の対応が可能なことは当然のことである。
 保健所における感染症対策業務の中で、地方衛生研究所が積極的に関与可能な活動事項を表1に示した。

  表1 感染症危機管理活動(地方衛生研究所の活動を中心に)

 1 平常時活動:
  1)感染症動向調査(患者発生・病原体検出情報)
  2)感染症レファレンス活動
    試験検査精度管理活動
  3)技術研修活動
  4)調査・研究活動(特に地方衛生研究所・保健所等による共同調査・研究)

 2 事件発生時(特に、複数の都道府県・市にまたがる大規模患者発生時)活動: 
  1)患者発生・病原体検出等の情報交換ネットワーク
  2)試験検査協力体制の整備


2 感染症動向調査(感染症サーベイランス)事業に対する地方衛生研究所の
  係わり方の現状(地方衛生研究所全国協議会伝染病特別部会の調査から)

 感染症動向調査は、感染症危機管理活動の基盤であり、国際交流の激しい現代において、この活動の展開は全国組織で遂行されるべきである。都道府県・市においては、本庁部局・地方衛生研究所・保健所等の綿密な連携が必須であることは、言うまでもない。そこで、地方衛生研究所全国協議会では、現行の感染症サーベイランス事業に対する地方衛生研究所の係わり方の現状調査を行った。その結果を図1に示す。
 一見して解るとおり、患者発生情報活動に係わっている地方衛生研究所は少ないが、検査情報活動に係わる地方衛生研究所は約80%に達している。この理由は、現行の事業において、患者情報に関する業務を担う機関として、保健所は位置付けられているものの、地方衛生研究所は位置付けられていないことによると考える。一方、検査情報に関してはその解析や解析評価委員会への情報提供等について多くの地方衛生研究所が役割を担っているのは、病原体検査が地方衛生研究所の業務として自他ともに認めているためと思われる。
 感染症動向調査の基本である患者発生と病原体検出を合わせて総合的に解析している地方衛生研究所は1/3にとどまっている。これは、患者情報の管理業務を担っている地方衛生研究所も1/3にとどまっていることに起因することと考えられる。
 すなわち、これらの不都合は、患者情報と検査情報の業務を担う機関が異なるために起こっているものであることは明らかであり、2つの業務を同一の機関に担当させ、感染症動向調査の基本にもどるべきであると考える。

 感染症に関する最新情報の提供については、半数以上の地方衛生研究所が行っており、他機関に対する情報提供についての地方衛生研究所の努力が伺われると同時に、他機関の地方衛生研究所に対する期待を反映していると考える。

 一般住民への情報提供を行っている地方衛生研究所が、まだ、その数は少ないものの存在したことは、今後の情報活動において期待されるべきことであり、更なる努力が必要である。

3 感染症レファレンス活動・試験検査精度管理活動について

 感染症の動向を探るには、病原体検索が基本となる。そして、それに伴う試験検査は十分に精度管理されたものでなければならない。したがって、感染症に関するレファレンス活動・試験検査精度管理は、感染症危機管理活動の基盤となるものであり、その重要性を法の中に明確にすべきである。
 また、新興感染症・再興感染症の察知やその他の感染症動向の予測は、患者発生・病原体検出の時間的・地域的比較において行われる。したがって、比較可能な試験検査の精度が要求されることは当然であり、感染症に関するレファレンス活動及び試験検査精度管理活動は、全国的組織ネットワークとして展開すべきであろう。

4 技術研修活動について

 感染症危機管理活動は人間の行動であり、その活動の良否は、担当者の資質にかかっている。したがって、試験検査精度管理活動及び感染症レファレンス活動に伴う研修は必須であることは言うまでもない。この活動も全国的組織ネットワークで展開することが望まれる。
感染症危機管理活動において、今必要な研修は、感染症疫学に関する研修であろう。
5 地方衛生研究所・保健所等の共同調査・研究について

 地域保健法及びその基本指針において、保健所における調査・研究活動の実施及び地方衛生研究所の地域における科学的・技術的中核機関としての位置付けが規定された。

 保健所の公衆衛生活動は基本的には所管区域であり、それは弛まざる所管区域内に関する調査・研究を基盤として成り立つ。そして、その調査・研究を推進するためには、1保健所内にとどまるものではなく、広い視野をもって遂行しなければならない。この場面で地方衛生研究所との共同が必須となる。一方、地方衛生研究所はそれに対応可能な技術を修得・維持する必要がある。すなわち、これらに関する研修活動の展開も必要となる。

6 事件発生時(特に、複数の都道府県・市にまたがる大規模患者発生)の
  活動について

 大規模な感染症患者発生時には、一義的にはそれぞれの自治体の問題は各自治体で対応することが、原則ではあるが、少なくとも以下に示す協力体制は平常時に確立しておくべきである。
 1)患者発生・病原体検出等の情報交換ネットワーク体制
 2)試験検査協力体制

 これらのことについて既に取り決めがなされている地方もあると思うが、机上の取り決めにならないようにすることが肝心である。これまで地方衛生研究所相互間では、緊急時における相互協力が行われた例は多い、しかし、それはヒトとヒトとの関係で成り立っている場合がほとんどであり、公的な協力ではない。
 この点に関する国の強力な指導と支援が強く望まれる。

7 最後に

 繰り返しになるが、これからの感染症危機管理活動は、各自治体が自主性を保ちながら、かつ全国的組織ネットワークにより展開することを強く望んで止まない。
 図2に、国−都道府県・市(本庁部局−地方衛生研究所−保健所等)の連携・協力体制の1例(私案)を示し、若干の提言をさせていただく。

提 言



1 感染症動向調査(感染症サーベイランス)事業への地方衛生研究所の関与について
1)病原体検出情報のみならず、患者発生情報についても地方衛生研究所を各都道 府県・市における情報の収集・管理・解析・生産・提供の中核的機関(地方感染  症情報センター)として位置付け、保健所を、その所管区域の情報センターとし  て、それらを有機的に結び、情報の一元的管理や総合的解析等のネットワーク活動を展開する必要がある。

2)地方の解析評価委員会に地方衛生研究所を事務局として参加させ、情報の集計・ 解析資料を委員会に提出する業務を担当させることにより、質の高い解析評価委 員会の活動が約束される。

3)関係機関への情報提供業務を地方衛生研究所に担当させ、インターネット、ファ ックス等の最新の媒体を用いた迅速な情報提供を行わせることが望ましい。

4)この事業における検査のレファレンス活動、精度管理の重要性を強く認識し、この活動を、国立試験研究機関−地方衛生研究所をそれぞれ中央、地方の中核機  関に位置付け、国の事業として発展させることが必要である。

5)都道府県・市においては、地方衛生研究所−保健所等の組織ネットワークを構 築し、共同調査・研究、試験検査活動、情報活動、研修活動等の連携活動を展開することが必要である。

2 新興・再興感染症等の流行発生時に備えて
上記の地方衛生研究所−保健所等の組織ネットワークを強化するとともに、地方衛生研究所全国協議会という全国組織ネットワークと国立試験研究機関との緊密な連携体制を整備することにより、全国的組織が構築される。これは地方衛生研究所の専門性を有効に活用する最良の方策と考える。






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