医療施設内において細菌感染症が発生した際の着眼点

国立感染症研究所
細菌第二部 荒川宜親


 平成11年度の科学技術振興調整費による「院内感染の防止に関する緊急研究」の調査結果によれば、以下に示すごとく、MRSAは95%以上の施設で院内感染対策の監視対象菌種となっているが、先日、同時多発事例や死亡者も出たセラチアやエンテエロバクターなどの菌種については、十分な監視が行われていない実態も示唆されている。そこで、以下に、医療施設内で細菌感染症が発生した場合の着眼点などについて記載する。


菌種別の監視率

監視の対象としている施設の率

監視対象菌種の組み合わせの率

 

MRSA

 98%

 MRSAのみ

 39%

 

緑膿菌

 59%

 MRSA+VRE

 22%

 

VRE

 58%

 MRSA+VRE+緑膿菌

 14%

 

PRSP

 38%

 MRSA+緑膿菌

 13%

 

ESBL産生菌

 32%

 MRSA+VRE+緑膿菌+        ESBL産生菌

 12%

 

β-ラクタマーゼ陽性菌

 7%

      計

 100%

 

その他

 8%

平成11年度 科学技術振興調整費
「院内感染の防止に関する緊急研究」から

 

細菌感染症が発生した場合の着眼点

☆感染防御能低下患者などにおける内因性感染症

 ガン末期、術後など感染防御能力の低下した患者で発生する。 

 多くは散発的

 原因菌は多様であり、主に消化管内に常在する菌種が多い

 回避が困難で不可抗力的な場合も多い

病院環境の広範な汚染の影響を受ける事がある

 

★輸液ルートや静脈注射剤などの汚染が原因の外因性感染症

 感染防御能力のほぼ正常な患者でも発生する。 

単発例もあるが、多くは同時多発的であり、患者から分離される菌の種類は、1菌種程度と特定の菌種に限られる場合が多い

 原因を取り除くことで予防や回避が可能

 病院環境の汚染の影響を受ける

 死亡者が出た場合、医療事故として捜査される場合もある

菌種の別による主な特徴や差異

 セラチア、エンテロバクター、肺炎桿菌、大腸菌、シトロバクター緑膿菌、アシネトバクター、アルカリゲネス、ブルクホルデリアセパシア、バチルスセレウス、などの常在性の細菌種

・環境中や腸管内に常在し、たとえ、吸入したり経口摂取しても、感染防御能力のほぼ正常な入院患者では敗血症など致命的な感染症は起こさない。

・流し、ネブライザーなどから分離された場合は、環境汚染度の指標となる。

・タオル、流しのスポンジ、アルコール綿球などから医療従事者の手指を汚染し、創部、カテーテル、輸液注射剤などの汚染を介して、同時多発する場合が多い。

・敗血症を引き起こした場合、死亡する危険性が高い。

・一般の株の場合、個別管理(隔離)は無用。

・多剤耐性株の場合は、拡散防止対策が必要。

 

 MRSA

・患者や病院環境中から多く分離されるが、たとえ、吸入したり経口摂取しても、敗血症は起こさない。

・経口的に多量に摂取したり、抗菌薬の投与による菌交代現象で腸管内で増殖すると、腸炎症状を起こす事がある。

・医療従事者の手指を介して拡散する。

・術後患者等易感染患者への伝播を防ぐ必要あり。

 

 VRE

・病院環境中へは入院患者が持ち込む。ただし、病院給食用の食材などを介して侵入する可能性もある。

・経口摂取しても、腸炎や敗血症を起こす事はなく、無症状。

・1名発見された時点で複数の保菌者が存在する可能性がある。

・入院患者間の伝播を防ぐ対策が必要。

・便などの処理に注意。

 

 結核菌

・病院環境中へは新規入院患者などを介して侵入する。

・飛沫核感染を起こす。

・1名発見された時点で複数の感染者が存在する可能性がある。

・職員、他の入院患者への感染を防ぐ重点的対策が必要。

 

 サルモネラなどの食中毒菌

・病院環境中へは食品などを介して侵入する。
・経口摂取した場合、腸炎や敗血症を起こす。
・病院給食以外では、患者の持ち込み食品が原因となる場合がある。
・入院患者間の伝播を防ぐ必要あり。

 

医療機関がVRE等を分離した場合の届け出(報告)の根拠

 

 

血液や随液等から菌が分離され、感染症と診断された場合

便や尿等から菌が分離され「定着例」

「保菌例」と判断される場合でも、院内感染症患者の発生が疑われる場合

届け出(報告)の根拠

 

 

 

 

 

「感染症の予防及び感染症の患者に対する

医療に関する法律」

(感染症法)

 

1)感染症法(VanA, VanBVRE

 

2)各種通知等

 a)「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対する院内感染防止対策について(健医感発第51号 平成9年4月23日)」

 b)「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)に対する院内感染防止対策の徹底について(医薬安発第83号 平成10年7月31日)」

 c)「セラチアによる院内感染防止対策の徹底等について(医薬安第88号 平成12年7月4日)」

 d)「セラチアによる院内感染防止対策の徹底等について(医薬安第127号 平成12年10月27日)」

 e)「エンテロバクター菌による院内感染防止対策の徹底等について(医薬安第129号 平成13年9月4日)」

 f)「セラチアによる院内感染防止対策の再徹底について(医薬安第0121001号 平成14年1月21日)」

 

3)厚生労働省「院内感染対策サーベイランス事業」の「データの随時提出」

 厚生労働省「院内感染対策サーベイランス事業」に参加している医療施設は、「院内感染対策サーベイランス実施マニュアル」の7ページの2-2-7「データの随時提出」に基づいて、直接、医薬局安全対策課に報告する事が可能


VRE等の保菌者、感染者や院内感染症患者の発生が疑われる場合の

医療施設がとるべき対応等

VRE

(感染症法、VREに関する諸通知、

「データの随時提出」規定:ただし「院内感染対策サーベイランス事業」参加施設のみ)

 

MRSAPRSP、薬剤耐性緑膿菌(感染症法:定点)

 

セラチア、エンテロバクター、緑膿菌、アシネトバクター等の常在性細菌(関連する諸通知、「データの随時提出」規定:ただし「院内感染対策サーベイランス事業」参加施設のみ)

 

保菌者が発見され、院内感染症患者の発生が疑われる場合

保菌者の同時多発や院内感染症患者が発生した場合

感染症患者の同時多発の場合、あるいは死者が出ている場合

 

保健所等への報告

感染の原因、感染経路の特定と、感染原因の除去

保菌者の範囲を特定

 

菌の伝播(拡散)防止対策の実施

 

保菌者およびその家族への状況説明

保健所等へすみやかに届け出る

感染の原因、感染経路の特定と、感染原因の除去

感染症患者および保菌者の範囲を特定

 
菌の伝播(拡散)防止対策の徹底

 

保菌者、感染症患者およびその家族への状況説明

保健所等へ直ちに届け出る

感染の原因、感染経路の早急な特定と、感染原因の除去

感染症患者および保菌者の範囲を特定

菌の伝播(拡散)防止対策の徹底

 

保菌者、感染症患者およびその家族、入院患者等への状況説明