2005/06シーズン前インフルエンザHI抗体保有状況調査速報
−第1報−

(2005年11月22日現在)

 感染症流行予測調査事業は、厚生労働省が実施主体となり、都道府県、都道府県衛生研究所ならびに国立感染症研究所が協力して、定期予防接種対象疾患について各種疫学調査を実施している。
 インフルエンザについては、本年度もインフルエンザ流行シーズン前、ワクチン接種前における一般国民の抗体保有状況(感受性調査)を調査している。ここでは、速報として報告されたデータから年齢群別抗体保有状況、および2000年度以降6年間の年次比較について掲載する。


 本年度のインフルエンザ赤血球凝集抑制(HI)抗体測定には、次の4抗原が使用された。
このうち
123が今シーズンのワクチンに使用されている株と同じである。

 1A / New Caledonia(ニューカレドニア)/ 20 / 99H1N1
 2A / New York(ニューヨーク)/ 55 / 2004H3N2
 3B / Shanghai(上海)/ 361 / 2002(山形系統株)
 4B / Hawaii(ハワイ)/ 13 / 2004(ビクトリア系統株)

 2005/2006シーズンワクチン株選定の経緯については、病原微生物検出情報IASR月報2005年10月号(当センターホームページ上にも掲載)「平成17年度(2005/06シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過.1を参照頂きたい。


 一般の方々、医療従事者からよくある質問への対応に関しては、インフルエンザQ&A(200511月改訂)がHP(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/fluQA/index.html)に公開されている(一般の方向けについては現在準備中)。また、当センターHP(http://idsc.nih. go.jp/index-j.html)上、フォーカスのインフルエンザのサイト(http://idsc. nih.go.jp/disease/influenza/index.html)には、インフルエンザQ&Aを含め、速報、総説および国内情報、国内患者発生動向調査、抗体保有状況、その他のインフルエンザ情報へのリンク(リンク集)、パンデミック対策、インフルエンザ流行レベルマップ、平成17年度今冬のインフルエンザ総合対策について(厚生労働省)、IDWR2001年通巻第3巻第44号の「感染症の話」2、関連死亡迅速把握システム、インフルエンザ情報早期把握システム、病原微生物検出情報(IASR)、ウイルス国内分離状況などを掲載しており、疫学、病原体、臨床症状、病原診断、予防・治療に関して解説がなされているのでこれからのシーズンに有用である。なお、IASR月報の本年11月号はインフルエンザの特集号である3
調査結果および考察
 採血時期は原則として20057〜9月(予防接種実施前・流行シーズン前)であるが、当該シーズンのインフルエンザの流行が終息していることが確実な場合は、この時期以前でも可とする。ただし5月以降であることとしている。

 2005(平成17)年1122日現在、宮城、山形、茨城、栃木、群馬、千葉、東京、神奈川、新潟、富山、福井、山梨、長野、愛知、三重、愛媛、高知、佐賀、熊本、宮崎の20都県から合計 5,522検体(B/Hawaii/13/2004については 5,521検体)についての結果報告があった。

 年齢群別の検査数は、0‐4歳:741例、5‐9歳:561例、10‐14歳:621例、15‐19歳:497例、20‐24歳:429例、25‐29歳:377例(B/Hawaii/13/2004376例)、30‐34歳:416例、35‐39歳:377例、40‐44歳:321例、45‐49歳:279例、50‐54歳:258例、55‐59歳:259例、60‐64歳:134例、65‐69歳:106例、70歳以上:137例、年齢不明:9例であった。

A/New Caledonia/20/99H1N1)に対するHI抗体保有率(1:40以上):有効防御免疫の指標と見なされる1:40以上のHI抗体保有率は、15-19歳群で71%と最も高く、5-9歳群、10-14歳群、20-24歳群ではそれぞれ53%65%62%と50%を超えていたが、25-29歳群から50-54歳群および予防接種法に基づく定期二類接種対象年齢である65-69歳群以降の各年齢群では27〜40%と中程度の抗体保有率であった。また、0-4歳群、55-59歳群、60-64歳群ではそれぞれ10%、17%、19%と低い抗体保有率であった(1上段)。

A/New York/55/2004H3N2)に対するHI抗体保有率(1:40以上):昨シーズン前半は、A/Fujian(福建)/411/2002類似株であるA/Wyoming(ワイオミング)/3/2003と抗原性が類似する株が分離株の多数を占めていたが、流行が進むにつれてA/Wyoming/3/2003と抗原性が異なる株の増加傾向がみられ、今シーズンはその傾向がさらに強くなることが推測されたことから、ワクチン株はA/New York/55/2004に変更された31:40以上のHI抗体保有率は10-14歳群で73%と最も高く、5-9歳群、15-19歳群ではそれぞれ66%、55%と比較的高い値を示した。0-4歳群および20-24歳群以降の成人層では35%以下であり、特に45-49歳群から60-64歳群は16〜19%と低い抗体保有率であった(1下段)。

B/Shanghai/361/2002(山形系統株)に対するHI抗体保有率(1:40以上):ワクチン株としてB/Shanghai/ 361/2002が用いられるのは、昨シーズンに続き2シーズン目となる。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率は15-19歳群で66%と最も高く、次いで10-14歳群、20-24歳群35-39歳群のそれぞれ57%、59%、50%であったが、5-9歳群、25-29歳群、30-34歳群、40-44歳群から55-59歳群、および65-69歳群以降の各年齢群では20〜45%と中程度であり、0-4歳群と60-64歳群17%、16%と低い抗体保有率であった(2上段)。また、全年齢を合わせた抗体保有率は今シーズンの調査株中では最も高く(42%)、昨シーズンの流行の影響が考えられた。

B/Hawaii/13/2004(ビクトリア系統株)に対するHI抗体保有率(1:40以上):本株は、今シーズンのワクチン株である山形系統株のB/Shanghai/361/2002と異なり、ビクトリア系統株である。今シーズンのワクチン株が山形系統株であったことから別系統のウイルス株の代表として2004年に分離された本株が調査対象株となった。この株に対する1:40以上のHI抗体保有率はすべての年齢群で25%以下と低く、25-29歳群と30-34歳群以外の年齢群ではすべて20%未満と特に低い。さらにこの中でも、0-4歳群から15-19歳群および40-44歳群以降の各年齢群では10%未満と極めて低い抗体保有率であった2下段)。

近年6年間の1:40以上のHI抗体保有率の比較:2000年度の調査においてはそれほど顕著ではなかったが、2001年度の調査以降、すべての株について65-69歳群で60-64歳群より抗体保有率は高い傾向がみられ、これは2001年11月にワクチン接種が65歳以上で定期接種に組み込まれた影響が示唆された。従来ワクチンの効果は5〜6か月程度と言われているが、毎年ワクチン接種を繰り返すことで、集団での抗体保有率は高くなることが考えられた。また、B型のビクトリア系統株を除き、5-9歳群から15-19歳群では例年他の年齢群より抗体保有率が高い傾向にあるが、集団生活を送っている年齢層では、インフルエンザウイルスの曝露を毎年、頻回に受けることにより、他の年齢層より抗体価が高く維持されていることが推察される。今年度においても同様の傾向が認められた。

A/H1N1
については、今年度は過去5年と比較すると0-4歳群以外では最も高いかあるいは同等の抗体保有率を示した。特に、60-64歳群と比較して65-69歳群で抗体保有率が高い傾向は顕著に認められた。A/H1N1型のワクチン株はA/New Caledonia/20/996シーズン連続して選択されており、昨シーズンは小規模な流行がみられたものの、一昨シーズン以前2シーズンはA/H1N1型の流行がなかったにもかかわらず抗体保有率が年々上昇していることは、ワクチンを連続して接種することによる効果が推察された。今年度は、15-19歳群が71%と抗体保有率のピークを示した。近年数シーズンはA/H1N1型による大規模な流行はみられていないが、0-4歳群および20代後半以上の抗体保有率が十分でない年齢群においては、注意が必要である(3上段)。

A/H3N2
については、今年度は昨年度と比較するとすべての年齢層でほぼ同様の抗体保有率であった。しかし、50-54歳群以降の年齢群では55-59歳群を除き、昨年度と比べて抗体保有率は8〜13%低かった。抗体保有率が低い年齢群ではワクチン接種等、特に注意が必要である(3下段)。

B
については、今年度はワクチン株であるB/Shanghai/361/2002(山形系統株)に対してすべての年齢群で過去6年度中、最高の抗体保有率であり、昨年度と比較するとすべての年齢群で約10〜20高い抗体保有率であった。一方、ワクチン株とは異なった系統のビクトリア系統株に対する抗体保有率は、例年すべての年齢層で25%以下と低く、B型インフルエンザウイルスの動向に関しては注意が必要である(4
)。
コメント
 2004/2005シーズン(2004年9月〜2005年8月)の流行はB型(国内分離株の55%, 3348株)とA/H3N2型(同42%, 2513株)の混合流行であり、インフルエンザ定点からの報告患者数は約150万人と報告システムが変更された1999/2000シーズン以降の過去6シーズンでは最大の流行であった3
 A/H3N2型は2004/2005シーズンの前半はA/Fujian/411/2002類似株(昨シーズンワクチン株であるA/ Wyoming/3/2003が含まれる)が多く分離されていたが、後半になるにつれて抗原性が変化したA/ California(カリフォルニア)/7/2004類似株(今シーズンワクチン株であるA/New York/55/2004が含まれる)が大半を占めるようになった4。今シーズンはA/Fujian類似株からA/California類似株への移行がさらに進むことが推測されることから、抗体保有率が低い年齢群では、全国的な流行が始まる前にワクチン接種を受けておくことが勧められる。また、2004/2005シーズンのB型は山形系統株が99%を占め、そのうち97%はワクチン株であるB/Shanghai/361/ 2002類似株であった4今シーズンも本株がワクチン株として選択されている。
 2004/2005シーズンはシーズン終盤の7月に沖縄県でA/H3型の流行がみられ5、また奈良県でも7月から8月にかけてA/H3型の流行がみられた6。さらに名古屋市でも8月にA/H3型インフルエンザウイルスが分離されている7。非流行期である夏季にインフルエンザの流行がみられたことは、定点あたり患者報告数が多かったことに加え、昨シーズンの特徴的な動向であった。今シーズンにおいてもすでに三重県(9月)および広島県(10月)からA/H3型インフルエンザウイルスの分離報告がなされており89、さらに感染症法に基づいた急性脳炎の全数報告により、茨城県(10月)からA型インフルエンザウイルスによる脳症の患者が報告されている10。また、神戸市では海外渡航者(タイ)からA/H3型インフルエンザウイルスが分離されている11。インフルエンザHI抗体保有状況調査の結果から、現時点での抗体保有率は十分とは言えず、ワクチン接種等、早めの対策が求められる。
参考文献
1) 小田切孝人、田代眞人
平成
17年度(2005/06シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
IASR 2005; 26(10), 270-272
2) 国立感染症研究所感染症情報センター
感染症の話「インフルエンザ」

IDWR 2001; 3(44), 8-12
3) 国立感染症研究所、厚生労働省健康局結核感染症課
インフルエンザ 
2004/05シーズン
IASR 2005; 26(11), 287-288
4) 国立感染症研究所ウイルス第3部第1室、WHOインフルエンザ協力センター
2004/05
シーズンのインフルエンザウイルス流行株の解析
IASR 2005; 26(11), 289-293
5) 平良勝也、仁平 稔、糸数清正、久高 潤、大野 惇、賀数保明、下地實夫、新垣美智子、田盛広三
夏季におけるAH3型インフルエンザウイルスの流行
−沖縄県
IASR 2005; 26(9), 243-244
6) 井上ゆみ子、北堀吉映、中野 守、米澤 靖、石塚理香、北神 淳
夏季に発生したAH3型インフルエンザウイルスの施設内流行−奈良県
IASR 2005; 26(9), 244-245
7) 後藤則子、柴田伸一郎、木戸内 清、加藤敏行、尾坂行雄
非流行期にインフルエンザウイルスAH3
型が分離された1症例−名古屋市
IASR 2005; 26(11), 302-303
8) 矢野拓弥、中野陽子、山内昭則、杉山 明、中山 治、駒田幹彦
2005年9月におけるAH3型インフルエンザウイルスの分離−三重県
IASR 2005; 26(11), 303-304
9) 高尾信一、島津幸枝、桑山 勝、福田伸治、宮崎佳都夫、原 三千丸
2005年10月下旬に分離されたA香港(H3N2)型インフルエンザウイルス−広島県
IASR 2005(http://idsc.nih.go.jp/iasr/rapid/pr3102.html)
10) 厚生労働省、国立感染症研究所
感染症発生動向調査
. 感染症週報
IDWR 2005; 7(43), 2
11) 中川直子、伊藤正寛
タイより帰国した邦人からインフルエンザウイルスAH3型が検出された1例
−神戸市
IASR 2005; 26(11), 303

国立感染症研究所 感染症情報センター第3
国立感染症研究所 ウイルス第3部第1

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